プロセス・アプローチについての解説連載。実質5回目の今回は、日本での実践の状況や、その課題について書いてみたい。今回は実践の話なので、基本的にはプロセス・アプローチ=ライティング・ワークショップ、と思って読んでいただければと思う。
目次
研究者が日本に紹介していた1990年代
アメリカで1970-80年代に盛り上がったプロセス・アプローチは、僕の知る範囲でも遅くとも1990年には日本で紹介されている。入部明子「アメリカの作文教育における近年の動向」(1990)や堀江祐爾「アメリカの作文教育におけるプロセス・アプローチ」(1991)という論文がそれで、特に後者ではプロセス・アプローチが「ドナルド・グレーブスの面談法」という言い方で紹介されているのが面白い(カンファランス・アプローチを翻訳したものだろう)。この後、プロセス・アプローチの動きは森田信義編『アメリカの国語教育』(1992年)や桑原隆『ホール・ランゲージ』(1992年)、入部明子『アメリカの表現教育とコンピュータ』(1996年)でも扱われている。桑原の本では、「ホール・ランゲージ」という、より大きな文脈として説明されているのだけど、そこで引用されたケネス・グッドマンの文章の中に「teacher-researcher」として若き日のアトウェルが出てくる。
実践がはじまる2000年代後半
ただ、こうした先行研究があるとはいえ、プロセス・アプローチが研究者だけでなく一般の教師の目にもとまるようになったのは、やはり吉田新一郎・小坂敦子翻訳の『ライティング・ワークショップ』(2007. 原著はラルフ・フレッチャーとジョアン・ポータルピのWriting Workshop: The Essential Guide, 2001)以降だと思う。僕もこの本を通じてプロセス・アプローチについて知った(この本はあくまでプロセス・アプローチに基づく代表的授業法であるライティング・ワークショップの本であり、当時の僕は、プロセス・アプローチという言葉も、これまでこの連載に書いてきたような周囲の文脈も、一切知らなかったけど)。
その後、吉田さんを中心にして、小学校の先生たちの実践本であるプロジェクト・ワークショップ編『作家の時間』(2008)が刊行され、その後も関連書籍としては、ライティング・ワークショップと「車の両輪」であるリーディング・ワークショップについての『リーディング・ワークショップ』(2010. 原著はルーシー・カルキンズのThe Art of Teaching Reading, 2000)、同様に小学校の先生たちの実践本であるプロジェクト・ワークショップ編『読書家の時間』(2014)がある。また、タイトルからは分かりにくいけど実質的にライティング・ワークショップやリーディング・ワークショップについて扱っている吉田新一郎・山元隆春訳の『理解するってどういうこと?』(2014. 原著はエリン・オリヴァー・キーンのTo Understand, 2008)がある。これらの仕事の全てに関わる吉田新一郎さんの貢献ぶりがよくわかるラインナップである。
日本では普及しそうなの?
さて、実際のところプロセス・アプローチは日本で普及しているのだろうか。現状の答えはノーだと思うし、今後普及の見込みが高いかというと、残念ながらそれにも僕はやや否定的である。これには説明が必要だろう。
第一に「書かれた作文ではなくてプロセスを見よう」程度の意識であれば、すでに学習指導要領に「課題設定や取材」「構成」「記述」「推敲」「交流」という表現で載っており、教科書でもこうした内容は反映されている。詳しくは下記エントリから一連の記事を読んでほしいのだけど、これをもって「プロセス・アプローチの考え方が取り入れられている」と言おうと思えば言える。
しかし、ではプロセス・アプローチの考え方で実質的な指導がなされているかというと、それは怪しいのでは…というのが僕の主観である。前回のエントリ(下記参照)でも書いたけど、やはりこれは負担が重いのだ。アメリカの調査でも、実は97%の教師が「プロセスを意識している」と答えているのだが(Applebee & Langer, 2006)、アトウェルの学校訪問時に見学仲間から聞いた言葉(下記参照)を合わせて考えると、これも実際に熱心に取り組んでいる教員はかなり限定的だろうと思う。
日本での普及は小学校が現実的
そんな中、熱心にライティング・ワークショップやリーディング・ワークショップに取り組んでいらっしゃる方は、小学校の先生たちが多いようだ。これには、熱心な先生方が多いということとは別に、
- 受け持ちの児童数が比較的少なく、最大で35人以内である
- 比較的柔軟な時間割が組め、リーディング・ワークショップなどと一緒にできる
- 自分の教室があるので、必要な備品を置くなどの工夫がしやすい
という理由も大きい。人数については、アトウェルの学校のグレン先生は「30人を超えるとライティング・ワークショップをやるのはとてもハード」と言っていたが、それでも中高の教員から見ると、一教室に収まる人数で済むという条件は正直羨ましい。これが中高になると、
- 受け持ちの生徒数が多く、毎週200名以上の生徒を教える
- 他の教員と合わせて受け持つことが多く、時間割や内容の融通が利きにくい
- 自分の教室がなく、毎時間、異なる教室に移動しないといけない
という教員もざらにいるので、一気にライティング・ワークショップを実行するハードルが高くなる。正直なところ、限界が大きいこの条件下ではライティング・ワークショップに取り組むのは、よほどの物好き熱心な先生と言わざるをえない。
それでも、もし中高でやるのなら…
それでも、もし日本の中高でプロセス・アプローチの考えに基づいて、授業をするとしたら?最後に自分なりの経験をもとに書いておきたい。鍵は、「グループ・カンファランス」と「図書館の活用」ではないかと思う。
グループ・カンファランスを実施する
まず、受け持ち人数の問題は教員個人ではどうにもならない。受け持ち人数の少ない学校に異動するか、あるいは国語の授業ではなく、少人数での選択授業として実施するのが良いと思う。
しかし、もし国語の授業の枠内でやるなら、「教師と生徒の個人カンファランスをあきらめること」が大事だと思う。200人くらいの生徒を相手に個別にアドバイスするなんて不可能である。僕は以前、全員とのカンファランスを目指して毎回の授業で10人ずつカンファランスをしていたが、それでも一人2分くらいしか時間が取れない。
日本の学校の生徒数では、教師が全員のプロセスに関わることは諦めて、生徒同士の1対1のピア・カンファランスや、少人数グループでのグループ・カンファランスで乗り切るしかないし、その質をどう(あまり欲張らないにせよ)一定程度保つかということを考えるしかないと思う。この点、すでに2008年の段階で、木村正幹さんが『作文カンファレンスによる表現指導』(2008)という本を出されていて、吉田新一郎さんの一連の本に比べると知られていないけれど、グループ・カンファランスの実践研究として貴重な一冊である。
もっとも、「効果の高いグループ・カンファランス」は、おそらく「効果の高い添削をする」のと少なくとも同程度には難しい(グループ・カンファランスの方が難しいだろうと思う方も多いかもしれないが、200人の生徒を抱えた状況で効果的な添削をするのは難しい。即時フィードバックができないからである)。
どんな工夫をするとより実りあるグループ・カンファランスになるかは、何をグループ・カンファランスの目的にするかによっても異なるのだが、これまでのところ僕が大切にしているのは、
- 書き手側の問題意識や要望からスタートすること(書き手がカンファランスの目的を設定すること)。
- 聞き手側は、書き手に対して意見を言うよりも質問をすることに重点をおくこと。
- グループ・カンファランスが書き手の役に立ったか振り返るセッションを設けること。
というところ。ただ、よほど何回もカンファランスを重ねないと、質の高いものにはならないので、何回も作文の授業ができない場合には紙にコメントを書いて回覧する程度のことも多い。まあ、あまり考えすぎると何もできなくなるので、最初は「とにかくやってみる」「やらないよりはマシ」程度の期待値で良いと思う。
グループ・カンファランス+大福帳の併用
このようにグループ・カンファランスを中心にした上で、それでも個人のプロセスを見たいという方には、大福帳の併用をお勧めする。僕の場合は、毎回の授業終了時に大福帳に進捗状況やもし助けて欲しいことがあればをそれを書いて提出してもらい、次の授業時間までにそれを見て、「次回の授業ではこの生徒とこの生徒にはカンファランスが必要だな」と検討をつけておく。加えて、大福帳に返事のコメントを書けば「紙上簡易カンファランス」くらいにはなる(下記エントリ参照)。
大福帳(別にノートでも良い)の効果は保証するけど、これをやると明らかに残業が増えることになるので、あくまでやりたい方だけどうぞ。何度か書くけど、「負担の重さに継続できなくなるくらいなら、適当でもいいから続ける方がマシ」が僕の原則なので、必須とは思いません。
授業場所として図書館を活用する
中高の教師のほとんどは移動教室制だと思うけど、それだとライティング・ワークショップをやるには向かない。そこでお勧めしたいのが図書館の活用だ。他との兼ね合いはいろいろあるだろうけど、自分の授業時間の間だけは、ここを実質的に「国語科教室」にしてしまおう。「国語科教室」としての図書館を使うことのメリットは沢山ある。
- 参考にできる本が沢山揃っている(司書さんにリクエストして必要そうなものを入れてもらおう)。
- 必要な機材などをいちいち持ち運ぶ手間がいらない。ブックトラックを用意して生徒が使える文具を置いておく方法もあり。
- 比較的広い空間なので、生徒にとっても移動しやすく、書く場所を選びやすい。
僕は、基本的には作文の授業は図書館で行っている。僕の勤務校では隣りにパソコンが使えるエリアがあるので、一石二鳥である。
さて、今回は日本でのプロセス・アプローチの普及状況とその課題、合わせてもし中高で実践をするのなら、という点を中心的に書いた。次回でこの連載をまとめて終わりにしよう。