前回の下記エントリからスタートした「プロセス・アプローチって何なの?」シリーズ。今後、他のエントリを挟みつつ、不定期で書いていこうと思います。ややマニアックな話題ですが、ライティング・ワークショップを始めとする作文教育に興味のある方、どうぞお読みください。
目次
プロセス・アプローチの説明は千差万別
前回のエントリでも書いたように、プロセス・アプローチとは「書かれた作文(プロダクト)よりも、「作文を書く過程(プロセス)」に重点をおいて指導するアプローチ。例えば、伝統的な指導法である「添削」が、まず生徒に作文(プロダクト)を提出させ、それに対してフィードバックをするのに対して、プロセス・アプローチの指導法は書かれる途中のプロセスに指導の重点を置く。ライティング・ワークショップもそうした指導法の典型である。
ところが、プロセス・アプローチとはプロセスに重点を置くアプローチ全体を指すので、実はその意味する範囲がとても広い。実践者ごとの違いも大きく、また時代による変化もある。したがって、プロセス・アプローチの特徴を一言で説明することはできないのだけど、ここでは比較的わかりやすい2つの説明を参照しよう。
プロセス・アプローチの大まかな傾向
まずはSteve Grahamという研究者の説明を見てみよう。彼はGraham & Perin (2007), Graham & Sandmel(2011)と二度にわたって作文教育の系統的レビュー(論文のうち、信頼性の高い実験デザインの研究のみ集めてさらに分析すること)を作成しており、特に Graham & Sandmel(2011) では、プロセス・アプローチのみを対象にしているため非常に参考になる。そこでは、プロセス・アプローチの特徴は次のように説明されている。
- 生徒が書くことのサイクルを経験するなかで学ぶ
- 文章を書く目的があり、本物の読者がいる
- 生徒のオーナーシップ、生徒自身の振り返りや自己評価が尊重される
- 生徒が協働的に学び、教師はその環境を整える
- ミニレッスンやカンファランスを通して、生徒を個別に教える
この5項目は、最大公約数的な優れた説明だと思う。すべてのプロセス・アプローチがこの特徴を満たしているわけではないけれど、少なくともこれらのいずれかを目指す授業が多いのは、僕のこれまでの読書からは間違いない。ひとまずは、これをプロセス・アプローチの特徴としておこう。
それまでの教え方との対比的説明
次に、あえてちょっと古い時期(1994年)の説明を見てみよう。プロセス・アプローチは1970-80年代、それまでの主流であった伝統的な授業法への対抗勢力として登場し、作文教育界の一大運動(ライティング・プロセス・ムーブメント)となった。次の表はその運動の当事者が示したもの(Marchall, 1994)。単純化された二項対立図だけに、当時のプロセス・アプローチの実践者・研究者がどんな自意識を持っていたかがわかりやすい。
プロセス・アプローチ | 伝統的な教え方 | |
文章を書く過程 | ||
循環的に捉える | 直線的に捉える | |
自由である | 制約が大きい | |
文章を生み出す | 文章を校正する | |
書くことの教え方 | ||
選択を重視 | 教師がコントロール | |
生徒中心主義 | 教師中心主義 | |
書くことで学ぶ | 書き方を学ぶ | |
書く文章の種類 | ||
日常的な文章 | フォーマルな文章 | |
個人的な文章 | 公的な文章 | |
物語文を重視 | 議論文を重視 | |
政治的な立場 | ||
革新的・進歩的 | 伝統的・保守的 | |
対抗勢力 | 支配的な勢力 | |
地位 | ||
新しい | 古い | |
自然的 | 人工的 | |
本物 | 偽物 |
この表には「自由」「生徒中心主義」「新しい」「本物」といった勇ましい言葉が並ぶが、『ライティング・ワークショップ』などを読んだ方には、それらの本に書かれていることとの共通点を感じると思う。
なんでこれが「プロセス・アプローチ」?
ところで、上記の説明や表を見ていると、「書くプロセスに注目する」こととは直接関係のない要素が説明の中に入りこんでいることに気づくと思う。たとえば「生徒のオーナーシップ」「生徒が協働的に学ぶ」「物語文重視」などは、別段「プロセス重視」とは関係がない。なのになぜ、こうした要素までプロセス・アプローチの特徴になるのだろうか。それについてはプロセス・アプローチの歴史を多少知る必要があるので、次回以降に説明したい。
実際にはどんな授業なの?
プロセス・アプローチに基づく授業(主にはライティング・ワークショップ)の特徴は、何よりも授業中に書く時間が確保されていて、書いている途中の生徒に対してフィードバックが与えられる、という点にある。生徒が自分で書くトピックを決めて、一人で考えたり他の生徒と相談して文章を書き進めていく。みながバラバラに個人作業を行うので、伝統的な一斉授業に慣れた目には、一見、無秩序な授業である。プロセス・アプローチの授業法ライティング・ワークショップの実践者でグローバル・ティーチャー賞を受賞したナンシー・アトウェルだって、ライティング・ワークショップに出会った時の反応は、以下のエントリに書いたようなものだった。
どんな授業なのか、もう少し具体的な様子が知りたいという方は、吉田新一郎さん・小坂敦子さん訳の『ライティング・ワークショップ』や、日本の小学校の先生たちの実践記録本『作家の時間』をお読みいただくのが良いと思う。また、前回のエントリで紹介した2つのウェブサイトも参考になる。
WW/RW便り
http://wwletter.blogspot.co.uk
ライティング・ワークショップ(作家の時間)
https://sites.google.com/site/writingworkshopjp/
上記の本はあくまで「一つのやり方」
ただ、注意した方が良いのは、上記2冊の本はあくまで「ライティング・ワークショップの一つのやり方」を紹介したものであり、全てのライティング・ワークショップがこうだというわけではない、ということだ。
「ミニレッスン」「書く時間」「共有」は必須セットではない
例えば上記本では「ミニ・レッスン」「書く時間」「共有の時間」がプロセス・アプローチの構成要素としてセットで扱われているけど、実際には色々なやり方がある。英語のプロセス・アプローチの実践本を見ても、別に必ずこの3つのユニットが揃っているわけではない。例えばカール・アンダーソンやナンシー・アトウェルの授業では「共有」の時間がない(Anderson, 2005; Atwell, 2014)。「ミニ・レッスン」の目的や時間もまちまちである。
カンファランスにも色々な種類がある
どの授業にも共通しているのは、授業時間の中で生徒が書く時間が確保されていて、教師がその時に生徒の間を回ってそれを一対一の面談(カンファランス)でサポートしていること。「書くことを学ぶためには、実際にたくさん書く中でサポートを受けるのが一番」というのが、プロセス・アプローチを貫く重要な信念のようだ(そのせいかカンファランス・アプローチと呼ばれることもある)。そして、このカンファランスにも教師一人対生徒複数、生徒同士など、色々な種類がありうる。アトウェルは教師と生徒の一対一のカンファランスに重きを置いているが、オーバーメイヤーは色々なパターンのカンファランスを使う。
書くことのサイクルは古い考え方
また、同じプロセス・アプローチでも時代によって考え方が変わる部分もある。例えば、上記翻訳本&実践本には「題材集め→下書き→修正→校正」という手順を示した「書くことのサイクル(作家のサイクル)」が掲載されているが、いまのプロセス・アプローチの研究者は、書くことがもっと複雑な営みであることを明らかにしており、こういう単純なサイクル図で書くことが表現できると考えるのは、プロセス・アプローチでもかなり古い考え方と言って良い。
まあ、サイクル図自体は書く過程を示すのには便利な図なので、経験の浅い書き手に「一応の」流れとして見せるには良いと思うけど、「正しい」図ではないのだ。これに関しては、「推敲は必ずしも下書きの後に来るわけではないよ」という下記エントリも参考にどうぞ。
教師はファシリテーター?
さらに、上記の翻訳本『ライティング・ワークショップ』ではどちらかというと教師の「ファシリテーター」としての側面が強調されていて、一対一のカンファランスでも「答えは言わず、生徒の意見を引き出す/相談に乗る」という要素が強いようにも感じるが、これもどちらかというと「古いプロセス・アプローチ」の考え方である。「教師=ファシリテーター」というのは1980年代のライティング・プロセス・ムーブメントの中で広まった認識であり(Hillocks, 1984)、現在のプロセス・アプローチの研究者の多くは、教師が直接教えることのメリットを認識している (Pritchard & Honeycutt, 2008)。ナンシー・アトウェルも、1980年代にはファシリテーター役に徹していたが、やがて直接教えることをためらわなくなる(下記エントリ参照)。
プロセス・アプローチの特徴まとめ
ここまで長くなってしまったが、今日のエントリの結論は簡単だ。プロセス・アプローチやライティング・ワークショップとは、一つの大まかなアプローチの仕方やその具体的な授業方法であって、実践者たちのなんとなくの共通点はあるにせよ、実践者ごとの違いや時代による考え方の違いが大きい。だから最初の話に戻ると、「これをやればプロセス・アプローチ」と特定することは難しいのだ。だから厳密に考えずに、とりあえずは、Graham & Sandmel(2011)の次の5項目を参考にして、ざっくりと捉えておくのが良いと思う。
- 生徒が書くことのサイクルを経験するなかで学ぶ
- 文章を書く目的があり、本物の読者がいる
- 生徒のオーナーシップ、生徒自身の振り返りや自己評価が尊重される
- 生徒が協働的に学び、教師はその環境を整える
- ミニレッスンやカンファランスを通して、生徒を個別に教える
このブログで紹介している実践の例
なお、例として、僕のブログにある情報だと、ライティング・ワークショップの代表的実践者の一人ナンシー・アトウェルの授業については以下のエントリからリンクをたどれるし、2016年4月時点での彼女の学校の授業見学記もある。興味のある方は読んでほしい。
さらに、偉大なアトウェルの次に書くのは気がひけるけど、僕自身の授業もプロセス・アプローチに触発されたものだ。生徒数の関係でカンファランスが十分にできないので自分ではライティング・ワークショップと名乗ってはいないだけど、一応、以下のエントリからリンクをたどれる。
次回のエントリ
「プロセス・アプローチやライティング・ワークショップとは、一つの大まかなアプローチの仕方やその具体的な授業方法であって、実践者たちのなんとなくの共通点はあるにせよ、実践者ごとの違いや時代による考え方の違いが大きい。」
→現在、アクティブ・ラーニングなどいろいろなキーワードが躍りますが、学習方法だけでなく、それがでてきた時代背景や課題、解決の目的を調べることが重要と思います。日本でいうと、共通一次が始まる前の70年代の文献を探していると、今の時代に通じるものがあるようにかんじます。
そうなんですよね。大正時代の文献を読んでいると、少なくとも理念だけは今よりも先を行っていたりもします…。