ライティング・ワークショップで1コマあたりどんな時間配分にしているのかは、やっぱり気になる。書く時間をどれくらいとるのか、ミニレッスンの時間は…。そういう点に、授業者が大切にしているものが垣間見えるからだ。初版1987年時点でのアトウェルのワークショップの時間配分はどうだったのだろう。
初版によると当時のライティング・ワークショップは、4つの要素からなっていたとのこと。ミニレッスン、書く時間、共有の時間、そしてクラス全員の進行状況を把握する時間(status-of-the-class conference)だ。
ライティングの授業は次の予測可能なパターンの繰り返しになる。5分のミニレッスン、クラス全員の進行状況の取り急ぎの確認、それから中心的な仕事になるライティングとカンファランスを少なくとも30分以上、そして5分から10分の締めくくりのクラス全体の共有のセッション。(p77)
この時間配分を、第三版と比較してみよう。
(1)詩を読む:10-15分
授業の最初は詩を朗読し、それについて話す。多くはNaming the worldにとられた詩から。(なお、火曜日と木曜日には授業最初の5分間に書き取りの練習がある。 )(2)ミニレッスン:5-20分リーディングかライティングに関するミニレッスン。生徒は教えられたことをノートに記録する。(3)プランの確認:2-3分それぞれの生徒がこれから何をするのか、シェアして確認する。(4)各自で書く:25-30分生徒が各自でテーマを決めて書く時間。教師は生徒の間をまわってカンファランス。一人の生徒とは一日おきにカンファランスをするペース(p28)(5)ブックトーク:10-15分教師か生徒によるブックトーク。新しい本、推薦できる本、ライティングで学んでいるジャンルに関係する本など。(6)各自で読む:20分生徒が自分で本を選んで読む時間。 教師は生徒の間をまわってカンファランス。生徒は年間平均で40冊以上の本を読む(p22)※この他、宿題として、毎日30分の読書、週末の1時間の作文が課せられている。
第一版は公立学校勤務時代、第三版は自分で学校を作って理想的なカリキュラムを組めるようになってからのことなので、幾つか大きな違いがある。
(1)ライティングとリーディングのワークショップを同時に行うようになった(時間も倍)
(2)最初に詩を読むことから始まるようになった
(3)ミニレッスンの時間が長くなった(初版では5分)
(4)共有の時間がなくなり、ブックトークの時間になった。
初版から第三版にかけてのアトウェルの変化は興味深い。(1)は公立学校時代にはやりたくてもできなかったことだろう。(2)や(3)も第二版以降のアトウェルが次第に「教えること」を重視していくという彼女自身の述懐や、第三版を読んだ時の僕の感想に合致する。
個人的に興味深いのは(4)である。レッスンの最後に「共有の時間」を設けるというのは、フレッチャー&ポータルピの本にも出てくるライティング・ワークショップの基本的な形。アトウェルはなぜこれをやめたのだろうか?
共有の時間は、第一版(1987)の段階では「書き手が自分の文章を改善するためのもう一つの手段」(p85)として重視されている。グループで何か新しいことを聴くため、うまくいく書き方をシェアするため、問題を解決する別の方法を試すため、書いている途中の作品について幅広い視点の意見を聴くため、ミニレッスンで教わった情報を振り返るため、などなど。多くの場合は2人一組で、リクエストがあればグループでやっていたそうだ。ワークショップの締めくくりとしてこの共有の時間を行い、最後に3分以内で全員でサークルになって誰かの作品を輪になって誰か一人の作品を聴き、アトウェルが一言二言しゃべっておしまい、というのが彼女の「共有の時間」の流れ。
それだけに、なぜこの「共有の時間」がなくなっていったのだろう。あまり効果を感じなくなったのか、それともわざわざ共有の時間を設けずとも生徒が自主的に共有をするようになっていったのか、生徒の共有よりも自分がミニレッスンで教える方が効果的と思うようになったのか….理由はわからないけれど、こういう時間割の変化を見ると、確かに初版当時のアトウェルは「教えないファシリテーター」だったのだなと思う。いま、日本では「教えないファシリテーター」こそが良いとされている雰囲気があるが、「教えないこと」から「教えること」に回帰していったアトウェルの歩みは、だからこそ興味深い。