以前のエントリで、小学校と中高のライティング・ワークショップの違いについて書きましたが、9月は色々とライティング・ワークショップとリーディング・ワークショップについて学べた月でした。ぼくの学びの場は、9月一杯で終了した放課後学び場「風越こらぼ」と、週1回授業に入らせてもらっている地元の公立小の「作家の時間」の授業です。
KAIさんとマンツーの場「風越こらぼ」
学びの場の一つ目である、軽井沢風越学園で実施していた放課後学び場「風越こらぼ」。9月から運営体制を変えて、基本的に同じメンバーで運営することにして、「ことのは」(作家の時間)をぼくとKAIさんで担当することになりました。小学校で長らく実践されてきたKAIさんとマンツーで作家の時間ができるのは本当に贅沢なこと。ミニレッスンのプランは基本的にぼくが考えてフィードバックをもらう形だったのだけど、小学生相手の難易度調整にアドバイスをもらったり、他でもKAIさんの子どもへの接し方や子どもたちに書くファンレターの書き方に、とても学ぶところが多かったのでした。
そして、ここでの大きな発見は、やはり、この時期の子どもにはこの時期の子どもなりの書き方があるということ。特に、書く力が育ってない子には、絵を描いてもらってお話を聞くところからスタートすることがとても大事だ、ということに気づかされたのはこの現場でした。そして、書く意欲のある子たちは、ミニレッスンでの穴埋め短歌や続き物語の創作(落語「死神」の結末を考えたりしました)にも臆せず挑戦することも学びました。本当に、この子たちは結果を恐れずに言葉で遊ぶ。また、発想が大人の斜め上をいく。それは、小学生のものすごい強みだと思います。こうやって言葉で遊ぶ経験をたくさん積み重ねていきたい。
それにしても、改めてKAIさんはすごい。ミニレッスンで一緒に創作したりリレー小説書いたりしたんだけど、一緒にやっててすごく面白かった。また、かつて小学5年生を担当していた頃に発行していた「読書家ジャーナル」を読ませてもらい、その充実ぶりにも舌を巻きました。国語だけを教えているわけでもないのにこれか…どんだけワーカホリックなんだ…という感想はさておき、中高の国語科教員出身としては、さすがに自分の専門分野では負けられないですよね。
KAIさんがライティング&リーディング・ワークショップの教師として傑出している点はいくつもあるのですが、一番大事なのは「教師自身が書き手であり読み手である」ことを体現している点でしょう。これなしでただ励ましたり肯定したりしても、読み書きの質はなかなか高まらない。おそらく、ライティング&リーディング・ワークショップをきちんと中身のあるものにする上で一番大事なのが「教師自身が読み続け、書き続けること」。KAIさんと二人でそのための研修計画も考えているのですが、今後、詰めていくのが楽しみです。
地元の小学校での「作家の時間」
もう一つの現場が、毎週入らせてもらっている地元の公立小学校の片岡利允さんの授業。当初はぼくが片岡さんの作家の時間へのチャレンジをサポートする役割で入っていたのですが、今は全くそんな感じではなく、毎週ここで子どもたちと一緒に学ぶのを楽しみにしている時間です。片岡さんは「まだ若いのにすごい」という形容をするのが失礼なほどに、思慮深く試行錯誤のサイクルが早い実践家。実際、作家の時間の授業を見ても「あ、これは注意しないと」と思ったことが一回もありません。自分で考えて自分で解決する。KAIさんと同じく自分でも書いてそれを使ってミニレッスンをするのも立派だし、子どもたちの実態からミニレッスンを考えるのも言うことなし。
加えて、彼にはぼくにはない人間関係や「空気」への鋭敏な感性があります。そういう人が「作家の時間」「読書家の時間」を作ると、やはり彼の根っこにある願いが出るのがとても興味深い。読み書きそのものに没入するというよりも、読むことや書くことを通じてその向こう側にいる人とのコミュニケーションを味わうような、そんな空間が広がっている。そういう空間になるよう(同時になりすぎないよう)、片岡さんが迷いながら、子どもを対等の作り手として扱いながら、丁寧に試行錯誤してきたわけです。
それに連動して、子どもたちの書く力もここにきてググッと伸びているのがわかります。とにかく書くことを楽しむことが目標だった一学期から、二学期になって徐々に質を高める方向のミニレッスンやカンファランスが増え、実際に、こちらが手渡した技術を使ってくれる子たちも増えてくる。おそらく、リーディング・ワークショップのレベルアップと連動すれば、さらに書く方も良くなるはず。こんな風に伸び盛りの教師と教室を毎週見学できるのだから、楽しくないわけがありません。
もちろん書く力の個人差は大きくて、「そして〜した」式の文章をずっと書く子もいるのだけど、彼にとっては今はそういう時期。長い目で見ながら、どんなカンファランスだと向上につながるかな、とか、もっと本を読むことが大事なんだろうな、どんな本ならいんだろう、とか考えるのも楽しい。
こちらの現場では、優れた実践者である片岡さんの姿や彼との対話と、小学生の書き手の姿をたくさん見て学ばせてもらっています。特に片岡さんとの話では、自分の価値観、例えば自分がコンテンツの面白さを重視して、人間関係を良くすることを授業の目的としないことが明確になります。これ、下記エントリで書いた「全人教育への抵抗感」と通じるところがありますが、でも、彼のように人間関係を作ることや関わることを大事にしている教室を見て、その良さも限界も見えると、価値もわかるし、この両方を追求することはできないのかなと考えてしまう。
また、小学生との関係で個人的に気をつけないといけないなと思ったのは、「あすこまさん、これ読んで」と僕のところに自分から寄ってくる子は、書く力のある子ばかりということ。ぼくは文章の良いところを具体的にたくさん指摘することはできるので、そうなるんでしょうね。まずはどの子にも分け隔てなく、その子の「ファン」になることと、先方から寄ってこない子との距離を自分で縮めに行ってみること。僕はただでさえ人間関係が苦手なタイプなので、その二つは意識してやりすぎるくらいやってみることが大事だなと思いました。
ぼくは、アトウェルの本を翻訳させてもらい、甲斐利恵子先生の教室を見させていただき、さらに今またこういう機会をもらっているわけです。おそらく、ライティング・ワークショップやリーディング・ワークショップを学ぶ上でこれ以上恵まれた環境はなかなかないんじゃないかな。これだけ恵まれた環境にいる自分が良い授業ができないとやっぱり嘘だよなーと思っちゃうので、頑張りたいと改めて思うのでした。