速く正確に読むにはどうしたらいいの? 研究が示唆するまっとうすぎる方法とは。

リーディング・ワークショップのミニレッスンの予習として、Rayner et al.(2016) So much to read, so little time という論文を読んだ。「速く読むと理解度は落ちるよ」「速く正確に読めるようになるには、色々なジャンルの文章をたくさん読むしかないよ」というまっとうすぎる論文だったので、メモ代わりにここでも紹介しておく。

正式な書誌情報は、Rayner, K., Schotter, E, R., Masson, M, E, J., Potter, M, C., & Treiman, R. (2016).So much to read, so little time: How do we read, and can speed reading help? Psychological science in the public interest, 17(1), 4-34. Doi: 10.1177/1529100615623267

目次

「読む」ってどういうこと?

この論文、実はライフハッカーでも「速読は実は不可能だと科学が実証」とやや大げさなキャッチで紹介されていた。

速読は実は不可能だと科学が実証

https://www.lifehacker.jp/2016/02/160219speed_reading.html

別にこの要約も間違ってはいないが、この論文が僕にとって勉強になったのは「読むとはどういうことか」についての先行研究を、視覚的に対象の文字をとらえる眼球運動と、言語の認知という二つの側面からまとめてレビューしてくれている点だった。たとえば次のような知見が面白い。

  1. 「読む」「書く」は「話す」「聴く」に比べて不自然な行為であり、訓練が必要であること
  2. 読む時には、眼球は単に前に進むだけでなく、理解の誤りを正すために後ろにも戻ること
  3. 熟達した読者でも、10%〜15%の時間を、この後退に使っていること
  4. もっとも正確に読めるのは、眼球から2度くらいの視野角の範囲であること
  5. 読むスピードは個人差が大きいこと。読むのが速い読者は、一度の単語にフォーカスする時間が短く、一度に多く移動し、そして後退が少ない。
  6. 読むスピードにもっとも影響するのは、単語を認識するスキルであること
  7. 黙読の時のインナー・スピーチ(頭の中で音声を発すること)は、単語を特定し理解する上で有効であること

このうち、速読ということに絡んでもっとも重要なのは、「読む速度に最も影響するのは単語を認識するスキルだ」という点だろう。知ってる単語が多いと、読むスピードは速くなる。当たり前だけど…。

「速読法」が疑問なワケ

これらの知見をもとにして、この研究ではいわゆる「速読法」の効果に疑問をなげかけていく。理解と速度はトレード・オフの関係にあって、理解度を保ったまま速度を2倍に3倍に早めることはできないというのである。たとえば速読法には眼球の移動を減らす訓練をするものがあるらしいが、どんなにそれを早くしても単語の意味を理解するスピードが追いつかない。また、インナー・スピーチを取り除くという速読法も理解度を落としてしまう、などなど。こういうふうにして、速読法の根拠を否定していくのだ。

「飛ばし読み」には一定の効果あり

一方で、この研究は「飛ばし読み」(skimming)には一定程度の効果を認めている。大量のテキストを処理しないといけない時に、全体をざっと読んで大まかなアイデアを得たり、重要な情報だけを取り出したりする読み方だ。飛ばし読みの場合は、見出しや各段落の最初と最後だけを拾って読んでいきながら、じっくり読むべき場所を見つけていくのが効果的だという。つまり、目的に応じて読み方を変えていくことが重要なのである。

もっとも、「飛ばし読み」の理解度が普通に読むよりも劣っていることには注意しないといけない。おおよそ、「全ての段落を飛ばし読みで読んだ時の理解度」は「普通の速度でそれぞれの段落の半分だけを読んだ時の理解度」と同程度という研究もあるようで、当然だけど飛ばし読みをすれば理解度は落ちるのである。

では、読むスピードを速くするにはどうしたらいいの?

では、高い理解度を保ちつつ読むスピードを速くするにはどうしたらいいのだろうか。大切なのは、理解しながら読むスピードには、眼球運動そのものよりも言語スキルの影響が大きいことだ、と筆者たちは述べる。特に、すでに述べたように「単語が認識できるか」ということが大きい。簡単に言うと、「知っている単語が多いと読むスピードは速くなる」のである。

では、どうしたら知っている単語が増えるのか?それには、たくさん文章を読むのが効果的だ。書かれた文章には、話し言葉には出てこないような単語や文章構造が出てくる。そういった書き言葉の文章をたくさん読むことで、知らない言葉が徐々に知っている言葉になり、将来的にたくさん読めるようになるのだ。

また、同時に読むスピードに影響をあたえるのが「文脈」である。それまでの文脈を理解していると、読むスピードが速くなる。したがって、できるだけ多様な種類の文章に触れて、知識を増やしていくことが大事だと筆者は主張する。

結論:多様なジャンルの文章を、たくさん読むこと

この論文が示唆する結論は、拍子抜けするほど単純で地味なものだ。それは、速く正確に文章が読めるようになりたかったら、多様なジャンルの文章をたくさん読むのが良い、というもの。速く正確に読めるようになるには、時間がかかるのだ。

これはもしかして受験生には「夢のない」結果かもしれない。「現代文の文章を読むのに時間がかかるんですけど、どうすればいいですか?」と質問をする高3生徒は、「色々なジャンルの本をたくさん読むといい」と言われてもあまり嬉しくないだろう。誰でもあっという間に速く正確に読める夢のような速読法は、この研究に基づく限り、なさそうである。

しかし、きわめて常識的で、まっとうな結論でもある。読むことの熟達には、地道な努力を時間をかけて続けることが必要。大切なのは、色々なジャンルの文章を、たくさん読むこと。この論文を読んで、僕はますます「やっぱり精読の授業だけだと触れる文章の量が少なすぎるんじゃない?」と感じ、日本の国語教育にリーディング・ワークショップが必要な気がしてきてしまうのでした(我田引水?)。

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3 件のコメント

  • 私は正確に読めたらいいなと思ったことはありますが、速く読みたいと思ったことはありません。小説などはもっとゆっくり味わいながら読みたいと思ったことはあります。よほど忙しい人でない限り必要ないかも。またそんな人なら読解・要約力の高い他の人に読んでもらって要点だけまとめてもらえばいいようにも感じます。
    私にとって一番はやく読めるのは「すでに内容を知っている」ものです。安心してさっと読み飛ばせます。でも、それなら読む必要がないとも言えますよね。たぶん読む価値があるものは、知らないことや知っているつもりでもそこに書かれている新たな知見が読み手の自分に新たな思考を引き起こしてくれるもの。そうなら、おのずとじっくり読みたくなるところ、立ち止まらざるを得ないところのはず。つまり、大切なところは速読ですませられないものになるだろうと思います。

    • 両方できれば良いのではないでしょうかね。僕は「速くさっと読み流す」のも必要だと思いますし、そういう場面に迫られることもあります。特に留学中は「到底読めない分量の分厚い指定文献や論文に一週間以内に目を通す」必要に何度も迫られたので、速さと正確さのバランスは個人的にも切実な問題でした。生徒には話をしましたが、目的や文章の難易度・ジャンルなどに応じて読み方を調整できれば良いのではと思っています。

  • 両方できたらいいと思いますし、両方(誰でもある程度)やってるとも思います。留学中の体験もよくわかります。ただ、あれは留学生のことは考えてコースが設計されてはいないので、もとよりムチャだとも思います。
    私も情報化社会ということで多量の情報をまず仕入れなければ太刀打ちできないと教え込まれてそういうものかなと思ってきましたが、実際には情報そのものというよりも、その情報をどう解釈し意味づけることができるかということに大きな付加価値があると思うようになりました。同じ情報を得ても大きな差があるように思います。そうすると、そこでは情報を前に立ち止まる時間が十分にないとムリだなと思います。情報収集がますます手軽にできる時代では、たぶんそちらの習慣を若い人はつけておくとむしろいいかなと感じています。