ドナルド・グレイブスDonald Gravesという作文の教師がいる。「プロセス・アプローチの父」「ライティング・ワークショップの提唱者」とも言われる人物だ。もともと小学校の先生だったのだが、ニューハンプシャー大学に移り、作文のプロセスを研究する研究所をたてた人。プロセスを重視する作文教育の実践者として、全米の教師に多大な影響を与えた。残念ながら2010年に亡くなっている。
▼
You Tube上では、そのグレイブスの動画が見られる。
▼
作文の授業をどう始めるかという問いに対してグレイブスはこんなことを言っている。「まずあなたが書くことです。思いついたこと何でもいい…エッセイでも詩でもショートストーリーでも…でも、あなたが書くこと。それから言うんですよ、『さあ、みんなも書こう』と」。
これ、とても素敵な台詞だと思いませんか。
▼
ただ、こういう考えはグレイブスの専売特許では当然ない。ピュリッツァー賞を受賞したジャーナリスト・作家であり、グレイブスとともに影響力の強い作文の教師でもあったドナルド・マレー(Donald Murray)もまた、自分の書く姿を生徒に見せ、書く時に考えていることを声に出して話して聞かせたという(In the Middle, p108)。アトウェルも教師がモデルを示すことの重要さを度々訴え、自分の書いた詩を使うミニレッスンを、一番大事なミニレッスンに位置づけている。
▼
話は日本でも同じだ。大正時代の日本の作文教育に大きな影響を与えた田上新吉は、主著の『生命の綴方教授』(1921年)の中で「綴方の教師」という節をたて、自らの文章修養を振り返って「子供と共に文章を綴り、子供と共に創作の苦しみを味ふことが、綴方指導上一の秘訣」と述べている(p431)。
また、田中宏幸氏によると、大正~昭和期に中等教育で作文教育を行った金子彦二郎も、「生徒が作文を書いている時には教師も一緒に鉛筆を動かして綴っていこうと提案」し、「かりに生徒作品よりつたないものであったとしても、生徒たちの意気を高め、次時への作品づくりへのヒントを与える」「巧みな講話よりも、教師の拙い模範文の方が遙かに値打ちがある」としていたそうだ(田中宏幸『金子彦二郎の作文教育』p31)。
▼
東西を問わず、優れた作文の教師は、自分でも文章を書き、その姿を子供たちに見せている。どうやら作文を教える秘訣は、まず自分が書くことなのかもしれない。