専業コーチよりもプレイング・コーチになりたい

中1向けにレポートの書き方を教える作文授業の3回目、以下のエントリの続きの記録。

 

三学期・中1作文の授業がはじまる

2015.01.14

"Writing is thinking and rethinking on paper"

2015.01.15

この日は時間割変更の都合で50分授業が2コマあり、全ての時間でPC教室が使えた。この、50分授業×2コマという変則時間割、今回はじめてやってみたのだけど、作文の授業のように生徒の活動やその振り返りまで考えるとちょうどいい時間だ。50分授業の枠内で「ミニレッスン→書く時間→共有の時間」までやると、一つ一つが忙しくなってしまう。今回は僕は「前回の振り返りの共有→ミニレッスン→書く時間→振り返り」という流れで授業を作っているのだけど、100分くらいあると、生徒も落ち着いて書くことや調べることに向かえるのがいい。こちらの個人カンファランスの時間もとれる。アトウェルのワークショップが85分授業であるのも、わかる気がする。
 

[ITM]アトウェルの授業の時間割

2014.12.18

今回のレポート課題には「調べ方の基本を教える」という司書教諭としての目標もあるので、この日はインターネット上のウェブサイト、本(特に事典や事典のデータベース)・雑誌、新聞や新聞データベースの使い分けの話をした。ミニレッスンでひととおり説明をしたあとで作業の時間をとり、2コマ目の最初にはまた一カ所に集まってミニレッスン。今度は、僕も生徒と同じ条件でいま書いているレポートの中で、どんなふうにメディアを使って調べているのかという実例体験談を説明する。その中でレファレンス協同データベースの存在や、公共図書館のレファレンス・サービスの活用の仕方を教える。レファレンス・サービス自体はすでに中1一学期に紹介しているけど、利用経験者はまだ各クラス3~4名しかいない現状。今回の課題をきっかけに、利用者が増えるといいな。

できればこんなふうに、三学期の授業を通じて何回かはモデルを見せることを通じて教えたい。「これをやりなさい」ではなく生徒がやっているところに「こうやるといいよ」「これやると面白いよ」と見せることで。自分がモデルを示す、というのは勇気がいることだけれど、そんな時には金子彦次郎のこの言葉が支えになる。「巧みな講話よりも、教師の拙い模範文の方が遙かに値打ちがある」。

下記のエントリで書いたように、優れた作文教師には「教師が書く」ことを重要視している人が何人もいる。それに、僕自身も「プレイヤーとしては現役引退して、いまコーチ専業でやってます」よりも、プレイング・コーチとしてフィールドに立つほうが、コーチとしてもいい仕事ができるのではないかと思う。僕自身の生徒時代の印象でも、今でも勉強している人と、もう「現役引退」した人の違いは、感覚的にわかったものだし、後者のタイプの先生が勉強の大切さを説いても、何の説得力もなかった。

作文を教える秘訣は、自分が書くこと。

2015.01.19
今学期は自分の授業の改善にあてようと決めた学期。ちょっとしんどくても、自分の姿を見せながら教えていきたい。それをやり遂げた時に見えてくるものもあると思う。

Waterlogue-2015-01-24-15-50-24

ところで生徒の活動の時間、PCルームのパソコン利用は、いちおうカーリルから各公共図書館に行ったり、各種データベースを使ったりするのが主目的のはずなんだけど、だらだらネットサーフィンやGoogleEarthのフライトシュミレーター(あれ面白そうですね…)をやっている猛者もいて丸見えだなあ(^_^;)。

そういう子のところには、毎回の振り返り記録用紙を早めに置いて、時々そばを通過したりするくらいで、しばらくはただ見ている。自分でコントロールできるようになるには、見ている大人の我慢が必要だものね。短期的な失敗も含めて試行錯誤する自由がないと、自立した書き手にはなれないよ。そう思って、今回は基本的に見ているだけにする。軽くイラッとするけど(笑)

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