作文教育のプロセス・アプローチって何なの? (7)完結編

これまで不定期でプロセス・アプローチについて6回の記事を書いてきた。7回目の今回は連載の最終回である完結編。ここまでこの連載の内容をまとめて、改めてプロセス・アプローチを他の作文教育法の中で捉え直してみよう。

目次

ここまでの連載のまとめ

まずは、これまでの連載をまとめてみよう。全部読むと結構な時間がかかるのですが、よろしかったら最初から順番にお願いします。

作文教育のプロセス・アプローチって何なの? (1)準備編

2016.06.13

作文教育のプロセス・アプローチって何なの? (2)特徴編

2016.06.15

作文教育のプロセス・アプローチって何なの? (3)成り立ち編

2016.06.19

作文教育のプロセス・アプローチって何なの? (4) 効果編

2016.06.27

作文教育のプロセス・アプローチって何なの? (5)批判編

2016.07.13

作文教育のプロセス・アプローチって何なの? (6)実践編

2016.07.20

主だった内容をまとめると以下のようになる。

  1. プロセス・アプローチは、基本的には作文を書くプロセスに注目して、その質を上げようというアプローチ。
  2. ただ、プロセス・アプローチには幾つかの共通する特徴はあるものの、一言で「これがプロセス・アプローチ」とは言いにくい。
  3. その理由として、実践者と研究者の「2つの流れのプロセス・アプローチ」という歴史的経緯があることがある。
  4. 大雑把に言って、プロセス・アプローチは作文の質を高める効果ありと認められている。
  5. でも、どこに効果があるのかは特定できず、教師による差も大きいようだ。
  6. プロセス自体を評価することの難しさ、教師の質による影響、教師の負担の大きさなどの課題も指摘されている。
  7. 日本では1990年頃に紹介され、2000年代後半に「ライティング・ワークショップ」関連本が出版されている
  8. 日本の環境(特に中高)では実践をする上での制限が大きい。実施する場合はグループ・カンファランスと図書館の活用を。

作文教育への6つのアプローチ

この連載の最後で確認しておきたいのは、プロセス・アプローチは「幾つかある作文教育のアプローチの一つであり、強みもあれば弱みもある」という当たり前のことだ。

そもそも、以前に下記エントリで紹介したIvanič(2004)の分類によると、作文教育には次のような6つの立場がある。

  • A Skils Discourse(言語技術派)
  • A Creativity Discourse(創作派)
  • A Process Discourse(プロセス派)
  • A Genre Discourse(ジャンル派)
  • A Social Practice Discourse(社会的実践派)
  • A Sociopolitical Discourse (社会政治的文脈派)
  • 「書くこと」についての語りをざっくり分類すると...

    2015.08.09

    そして、多くの作文教師はこの6つの立場に基づいて自分の授業を作っていく。上記エントリの繰り返しにもなるが、一つ一つ見ていこう。

    1. Skils Discourseを信じる教師は、作文教育とは、「正しい文章の書き方」を教えることだと思っている。だから、学校教育で正しいとされる語彙や文構造を教え、それができているかどうかをチェックするのが教師の仕事だと思っている。
    2. Creativity Discourseの教師は、作文教育は、子どもが本来持っている創造性を引き出す教育だと思っている。だから授業でも彼らを一人の書き手として扱い、本物の作家体験をさせようとする。
    3. Process Discourseの教師は、作文教育は文章を書くプロセスを教えることだと考えている。計画を立てること、取材すること、下書きを書くこと、推敲すること…こうした一つ一つの活動を教えることが、作文教育だと思っている。
    4. Genre Discourseの教師は、作文教育は適切な文体や目的を備えた「ジャンル」の書き分けを教えることだと思っている。だから授業でもジャンルごとに文章を扱い、その特徴を教えようとする。
    5. Social Practice Discourseの教師は、文章はそれによって何らかの目的を達成するための社会的ツールだと捉えている。だから授業でもなんらかの目的を設定して、その目的を達成するための文章の書き方を取り扱う。
    6. 最後に、Sociopolitical Discourseの教師は、書くことを取り巻く社会的文脈に敏感であろうとする。例えばなぜある特定ジャンルが重んじられ、他のジャンルが軽んじられるのか…そういう問題を扱うことを通して、書くことについての批判的認識を育てようとする。

    大事なことを書いておくと、これはあくまで見取り図に過ぎない。もちろん実際の教師の立場や授業は完璧にこのように分かれるわけではないし、実際には複数の立場が混交する形で教師の信念を形成している。それでも、これだけの立場が作文教育には考えられるのだ。

    ただ、おそらく上記の6つの立場うち、おそらく最後のSociopolitical discourseに基づいて授業を実践している教師は相当珍しいはず。何と言っても学校教育での書くことの取り上げ方自体も含めてメタに論じる視点なので、多くの教師には扱いにくいからだ。

    プロセス・アプローチの位置づけ

    さて、上記の見取り図の中でプロセス・アプローチはどのような位置づけにあるだろうか。Ivanič(2004)は、プロセス・アプローチはCreativity Discourse(創作派)とProcess Discourse(プロセス派)の2つに属していると分析している。もちろんプロセス・アプローチの中でジャンルを扱うこともできる(アトウェルの授業はジャンルごとに進んでいく)から他の立場を排除することもないが、Ivaničの分析は基本的には当たっていて、下記エントリで書いた「実践者中心の流れ」がCreativity Discourseの立場、「研究者中心の流れ」がProcess Discourseの立場だと理解できるだろう。

    プロセス・アプローチの得意なこと、苦手なこと

    そして、こういう風に位置づけると、プロセス・アプローチの得意なこと(カバーすること)、苦手なこと(カバーしないこと)もはっきりしてくる。このアプローチは、基本的には書く場面を設定して、その中で書くプロセスを経験・学習することで、生徒が「書き手」としてのアイデンティーを持つことを目標にしている。

    一方で、例えば文章の正確性を重んじるようなアプローチではない。アトウェルのような卓越した教師や卓越した学校であれば、文法事項もしっかりチェックするしジャンルごとにも教えているのだが、実際のところ普通の教師がそれらの要素までカバーするのは難しいだろう。

    プロセス・アプローチは本来的に、生徒にその場で正確な文章を書かせることを目標にするのではなく、むしろ、たくさん書くことを通じて生徒が自己修正力を持つような書き手になることを意図するアプローチである。何かを意図すればそれ以外のことがおろそかになるのは仕方ない。それらはプロセス・アプローチの持つ限界だと思っていたほうがいい。

    どんな教師に向いている?

    書くことの授業は、それを教える人の信念を反映する。したがって、もしあなたが教師なら、あなたがどのような書くことの経験を持ち、どのような信念を持っているか、まずはそれを確認することが大切だ。あなたは先に示した6つの立場のうち、どれに共感を覚えるだろうか?

    もしあなた自身が書くことや表現することが好きだったり、生徒の書き手としての成長や変化を楽しみたいのであれば、プロセス・アプローチに向いている可能性がある。このブログにあるアトウェルやその他の実践者たちの記事を参考に取り組んでみていただければ嬉しい。

    オススメのポイント

    前回のエントリともかぶるけど、僕がお勧めするポイントは、以下の3つである。

    1. 教師も一緒に書いて、その姿をリアルタイムに共有すること。
    2. 教師が生徒全員を見るのは難しいので、グループ・カンファランスを活用すること
    3. 移動教室制だと準備などが大変なので、学校図書館を「国語科教室」にしてしまうこと

    上記の一つ目について補足すると、あらかじめ入念に準備して書き終えたお手本を見せるのではなく、生徒と同じ条件下で一緒に書くことが大切だ。文章を参考にしてもらうのではなく、書き手の姿を見せるのが目的なので、文章自体の質は上手でなくて良い。教師の書く文章が下手なほうが、文章力のある生徒は自分は教師より上だと得意になり、苦手な生徒は安心し、いずれにせよリラックスして取り組める。こういうところで「教師だから立派な文章を書かなくては!」と変に構えず、生徒と一緒に書くことを楽しめる人、それにチャレンジできる人は、とてもプロセス・アプローチに向いている。

    逆に、「文章には正しい書き方があり、それを教えることが教師の使命だ」と思っている人は、プロセス・アプローチには向かない。プロセス・アプローチ派の僕はそのような立場を支持しないが、僕に支持されなくてもどうということはないので、ぜひプロセス・アプローチ以外の方法で作文教育に取り組んでいただきたい。

    むすび

    プロセス・アプローチは「誰もが作文を好きになり、上手になる魔法のような教え方」ではない。特徴があり、歴史があり、批判があり、もちろん限界もある。今回の連載では、『ライティング・ワークショップ』などの吉田新一郎さんの一連の著作・訳書には掲載されていない部分を中心に、ちょっと違った角度から、プロセス・アプローチにまつわる様々な情報をまとめてみた。あまり一般向けの話題ではなかったが、これまで日本語で読める資料としては書かれてこなかったものがほとんどだ。実践者の方がちょっと広い視野でこの授業を捉え直すための助けになれば幸いである。

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