全国大学国語教育学会(2021年春期オンライン大会)のエントリ今回の学会で事前に一番楽しみだったのは、何と言っても中井悠加先生がコーディネーターで、イギリスの詩創作教育の研究者であるスー・ディモク(Sue Dymoke)先生が講師を務めるワークショップ「言葉のティンカリングとことばあそび 詩創作の下書き・共有・評価をどう促すか?」だった。スタッフという立場での参加ではあったけど、こちらもとても勉強になった公開講座。自分用に内容をメモしておく。
目次
「言葉のティンカリング」って?
「ティンカリング」とは、「いじりまわす」こと。この言葉を詩創作指導の文脈で使うときに、中井先生は「表現する素材としての言葉をあらゆる角度から眺め、いつもとは別のことに使ってみる中で言葉そのものについての理解を子どもたちなりに深めていく時間」と捉えている。これについてもっと知りたい方は、下記の本にある中井先生の論考をお読みいただきたい。
スー・ディモク先生は詩創作指導の第一人者
今回の講師のスー・ディモク先生は、イギリスにおける詩創作指導の第一人者。Making Poetry Happenという本を共著で出され、最近はエクセター大学のアンソニー・ウィルソン先生と、若い書き手の詩人としての成長を追う研究Young Poets’ Stories: Poetry Writing Developmentもしている。
教師が書くことの大切さ
この日のワークショップ冒頭で、スー先生が強調したのが教師が教室で書くことの大切さ。僕も常々「ライティング・ワークショップの教師に唯一必要な資格は、自分も書くこと」と言っているけど、スー先生もワークショップの冒頭で「教師はレフェリーであるだけではなくプレイヤーでもある必要がある。大人の書き手も的確な言葉が選べずに苦労することを、子どもも見る必要がある」と、ワークショップに参加する意義を説明されていて、改めて心に刻んだ。
これは、前回更新のエントリで書いた「書けない」子どもを励ますことにもつながる、大切な視点だと思う。改めて、どんなに忙しくともここだけはサボらずにいたいな、と思った。
フリーライティング
このワークショップで学んだのは、詩の下書きと共有のためのさまざまな方法だ。まず体験したのは、創作系ワークショップの中でよくされるフリーライティングだった。構成は以下のとおり。
- 「旅」(journey)についてのフリーライティング(2分間)
- 「変」(strange)についてのフリーライティング(2分間)
- 書いた中で、共有しても良い言葉を2、3個共有する
- この活動の中で感じたこと、今後どう役立てられそうかのシェア
個人的に気になったのはこの2つのお題を選んだ意図だった。名詞と形容詞なのは一目瞭然だけど、後で質問に答える時に、選ぶ単語は本棚から取った本で適当に見つけた単語でも良いとも言っていたので、あまりこだわりはないのかもしれない。
あと、2分という制約がけっこう厳しいなと感じた。この時間の短さは全体的に感じたところで、創造性を刺激するためにあえて設けた制約なのか、ワークショップの設計上やむを得ず短い時間で行ったのか、あとで聞いてみたいところだ。
マッピング
ついで、自分の過去の「旅」をマップ(絵)にする活動。絵にすることで、書き手にとって重要な記憶やそれを表す言葉にアクセスしやすくするための活動なのだろう。この時にスー先生が自作の詩やノートに描いたマップを、サンプルとして示しているのが良いなー。こうやって教師がサンプルを示すことで、「こうすればいいのか」がはっきりするし、プレッシャーを和らげられるものね。
- 過去の自分の「旅」をマップにする活動(6分間)
- 2〜3人でそのマップを紹介し合う
- シェアした後で、お互いのマップに質問やコメントをする(1人5分程度)
- そのあとで、旅のどの側面について詩にするか決める
ただ、このワーク、僕みたいに絵が苦手な人にとってはけっこうハードル高いな…とも思う。参加されていた方は皆さん良きワークショップ参加者だったのだけど、もし自分が参加していたら、「たった6分で絵を書かなきゃ!」というプレッシャーで負けていたかも…。ただ、地図にするメリットも確かに感じられる。文字だけだと「時系列順に出来事を並べる」だけになりそうだけど、地図にすることで、空間にも意識が行きそう。
ちなみに、ビル・ローバック『人生の物語を書きたいあなたへ』でも、エッセイの題材探しに過去の記憶を呼び覚ます方法として、地図を描くワークが載っている(こちらは1時間でも1日でもかけて良いらしい)。
実は僕の「作家の時間」は、ちょうどエッセイの序盤。というわけで、今日のミニレッスンでは「地図を書いて記憶を呼び覚ます」ことを、自分の事例で紹介させてもらった(笑)
詩の下書きと、その共有
スー先生のワークショップでは、フリーライティングとマッピングという2つのワークをしてから、それを元に詩の下書きを書き(10分)、それを共有する活動(10分)へと移っていく。けっこうここも時間がタイトな。でも、「詩を書く」のではなく「下書きを書く」ので、これでいいのかもしれない。それによく考えると、あえて短くすることで「こんな短い時間でいい詩を書くなんてそもそも無理だし…」という言い訳を書き手に与え、共有のハードルを低くする狙いもあるのかもしれない。実際のところはどうなんだろう?
共有の際では、相手の作品にコメントをするかについて具体的な指示がなかったのも気になった。参加者の皆さんはさすがに前向きなコメントをされていたけど、実際の教室だったらどうなるのだろう…と思いながら見ていたのが正直なところ。
相手の詩に反応するガイドライン
この点については、後で知ったのだけど、以下の著作の中で、中井先生がスー先生の「読み合って反応を共有する実践」を紹介されていた。そこでは「反応パートナー」を決める形で相互コメントをし、コメントの指針となる「反応ガイドライン」も示されている。特に「なるほど」と思ったのは、お互いの作品を音読し合うことで、それ以外にも有益な指針が多く、必読の文献です。
モノの視点で書くアクティビティ
この日の公開講座でもう一つ紹介されたのは「モノの視点で書く」アクティビティ。学校ではとても人気のアクティビティだそうで、「ソファの下に落ちたレゴブロック」「最後まで残ったモミジの葉っぱ」など、<モノと状況>の組み合わせから1つ選んで詩を書いてみるワークだ。この日は9つの組み合わせから1つ選んだけど、実際の授業では、全員が<モノ>と<状況>を一つずつ出し合って、その組み合わせで遊んだりしながら題材を選んでいくのも面白そう(そして、ここでもスー先生が自分の作品を例にしているのがやはりえらい。ここは本当に僕も真似し続けたい)。
このワークでは、<モノと状況>の事例に加えて、
- どうやってそこに来ましたか?
- 他にどんなものや人が近くに見えますか?
- 何が聞こえ、どんな匂いがしますか?
など、これまでの時系列、空間的な情報、五感など、書き手を刺激するための質問がいくつも用意されていて、こういう補助線の引き方はいいなあと思った。これは小学生の詩創作の授業でそのまま真似してもいいな。
このワークも、このあと10分で下書きを書き、一人あたり5分程度で2〜3人で共有する流れ。ブレイクアウトルームの中継を見ても参加者の会話が弾んでいて、どの参加者もスムースに下書きを書けたのではないかと思わされた。また、同じ相手とのブレイクアウトルームが3回目ということもあり、こうやってコメントしあう相手を固定する効果もあるのかもしれない。参加者の方に実際どうだったのか聞いてみたいところだ。
ファウンド・ポエトリーのウェブサイト
最後に質疑応答を経て終わった今回の公開講座。詩の創作をするときに生徒の想像力を刺激する方法が満載で、とても面白かった。しかも、その後もコーディネーターの中井先生から、現在開発中のファウンド・ポエトリーのアプリが紹介されるという豪華なおまけ付き!
こちらは、著作権フリーのテキストから気になる言葉を選び出し、それを自由に組み合わせて詩が作れるウェブサイト。百聞は一見に如かず。ぜひリンク先に飛んで、どんなサイトが確かめてほしい。
「外からの刺激と内からの声」
とまあ、盛りだくさんだった今回の公開講座。詩創作を支援する具体的な方法をワークショップを通じて体験できて、参加された先生方もきっと満足だったのではないだろうか。
それにしても、詩創作のアプローチや、生徒の想像力を刺激する方法の多様さを改めて感じ取る。僕は以前、詩創作のアプローチは主に4種類あるのではと書いた。
今回のワークショップは、上記エントリの中でいうと「着想を与える」タイプの詩創作指導だったと思う。最後に中井先生が紹介されていたファウンドポエトリーが完全に「自分の外から」詩を作るアプローチだとすれば、「自分の内側の声」を見つけるためにフリーライティングやマッピングという手法を使っているのだ。
多くの詩の創作指導は、この「外からの刺激」と「内からの声」のどちらに比重を置くかという物差しで整理できるのかもしれない。例えば若松英輔さんの『詩を書くってどういうこと?』は、詩を完全に「心の声」と捉えている。
また、風越では、この5月にちょうど甲斐利恵子先生が、長田弘の「空への質問」の一行を選んでそれに応答する詩を書く、という実践をされていたのだが、こちらも詩を「個人の内なる言葉」として捉えていたと思う。
こういう、詩を「内からの声」と捉える実践の対極に、ラッキーディップやファウンドポエトリーのように「自分の外にある言葉の組み合わせで詩を書く」実践がある。こうした実践が生まれる歴史的経緯は前回の公開講座で竹本寛秋先生が指摘した通りだ(下記エントリ参照。ただし動画はもう見られません)。
もちろん本当は、ラッキーディップでもファウンドポエトリーでも、書き手の「声」は、自分の外部にある言葉を編集する「編集者」として表れている。でも、書き手の声を直接引き出そうとするのではなく、外部の言葉を使わないといけない制約を刺激として利用しきることで、編集者の声をひそかにあぶり出すような、そんな手法だと言えるだろう。
詩創作のアプローチから、何を選ぶかを自覚する
こういうさまざまな詩創作のアプローチの中から自分は何を選ぶのか、そこに自覚的でありたいなと思う。そして、いったんあるアプローチを選択したら、次は別のアプローチでもやってみたい。生徒にも、どういうアプローチが書きやすいかは人によって違うはず。色々な「言葉の引き出し方」を経験することが、言葉の使い手としての生徒の可能性を、きっと高めてくれるからだ。
去年の秋から今年にかけての公開講座「詩の書き方は教えられるか」2回シリーズ、実は、僕が詩の創作指導の勉強をしたくて発案したのが発端の企画である。中井先生をはじめ、研究部門委員の先生方の多大なご協力のおかげで実現したし、オンライン環境を活かしきることで「学会員ではない一般の先生方にも広く貢献する」という公開講座の趣旨も達成できたのではないかとも思う。このありがたい機会を、今度はちゃんと自分の授業に活かしていきたいな。関係の先生方、本当にありがとうございました!
こんなに丁寧なご感想をありがとうございます。とても嬉しいです。
スー先生のワークショップはピーター・サンサムとクリフ・イエイツという詩人/詩教育者の影響をかなり受けており、フリーライティングで始まることもそのひとつです(中井・Dymoke, 2019)。ちなみにイエイツのワークショップの源流は、アメリカのドナルド・グレイヴスです。ここでライティング・ワークショップとつながってくるんですね。
イエイツはフリーライティングについて、「生徒はたったの数分しか書く時間を与えられない。そうすることで、良いとか悪いとかを気にしなくてもよくなる。失敗することが許されるようになる。(Yates, 2014:52 – 私の試訳です)」と述べているので、先生が予想された通りだと思います。
ワークショップの中でいくつも(少なくとも3〜4種類)のエクササイズを入れるということについてもイエイツの影響は大きいです。そのなかで1つでも自分にとってうまくいったなぁと思えるものがあればそれで成功だ、というものです。
ただしこれについては、時間が短いことよりも「よりたくさん提供すること」を優先した結果です。計画するなかで、やむを得ず時間を削っていったので(欲張ってアプリの紹介とかも入れてしまったりしたものだから…)。
そのイエイツの考え方については、ご紹介くださった『文学創作の学習指導』の中でも紹介しておりますのでご覧ください。上記のフリーライティングについてももう少し詳しく触れています。が、その短い設定時間については触れていなかったので、改めてご紹介しました。
そして…前回と今回の連続公開講座、どちらもとっても楽しみました。
改めて、企画のご提案、ありがとうございました!
詩創作楽しいな〜と思う方が増えると良いなと思います。