作文教育のプロセス・アプローチって何なの? (4) 効果編

これまで特徴・成り立ちと書いてきた作文教育のプロセス・アプローチの連載。今回は「で、結局それで授業をやって効果はあるの?」という点を書いてみたい。
結論から言うと「効果を測るのは難しい」「でも、効果ありと認められている」という答えになる。以下、それを説明しよう(未読の方はこれまでのエントリもどうぞ)。

作文教育のプロセス・アプローチって何なの? (1)準備編

2016.06.13

作文教育のプロセス・アプローチって何なの? (2)特徴編

2016.06.15

作文教育のプロセス・アプローチって何なの? (3)成り立ち編

2016.06.19

目次

何に対する効果を測るの?

作文教育のプロセス・アプローチの「効果」を考えるとき、まず問題になるのは何に対する効果を測るのかということだ。前回までの二回のエントリで見てきたように、プロセス・アプローチ自体がそもそも一枚岩ではない。特にライティング・プロセス・ムーブメントの流れをくむ実践者たちのグループは、作文教育の目標として長期的な視野を設定することを好む傾向がある。例えば、アトウェルも自分の著作(In the Middle 第二版1998)で、目標とする書き手の姿として “lifelong writer” (生涯書き続ける人) を挙げている。つまり、うまい文章を書くことだけでなく、書き手としての構えや振る舞いを教育の目標に掲げているのだ。

ただ、現実問題として教育が成功したかどうかを生徒が老人になるまで待つわけにもいかないし、それでは授業の効果なのか、それとも他の出来事の影響なのか、もしくは自然な成長の結果なのかがそもそもわからない。そこで、研究者はやはり時間をある程度区切って、作文(プロダクト)の質で測る。このエントリも、これ以降は「プロセス・アプローチが作文の質を上げるのかどうか」という話である。

何の効果を測るの?

では、作文の質に対する効果を測るとして、第二の問題は、いったい作文の質に対する「何の」効果を測るのか、ということ。プロセス・アプローチは、大人の書き手のプロセスを「丸ごと」体験させようとする包括的アプローチ。それだけに、「測りたいもの(効果を上げる要因)」をビシッと見定めた上で2つのグループを作り、測りたいもの以外の条件を均一にして比較する、「実験デザイン」の研究スタイルを取りにくいのだ。

だって、ライティング・ワークショップをやっている教室の、はたして「どこからどこまで」がライティング・ワークショップなのだろう? 生徒の文章の質が上がったとして、ライティング・ワークショップをやっている教室の「どの部分」が効果的だったのだろう?

プロセス・アプローチの授業法は基本的に包括的なアプローチであるため、その範囲を決めるのは実は非常に難しい。ライティング・ワークショップとリーディング・ワークショップの両方を実践している方ならおわかりと思うが、この両者の効果は、おそらく区別できないのではないだろうか。

質の低い研究が多かったプロセス・アプローチ

上記のような事情もあり、プロセス・アプローチは、そもそも全体の文献の中に占める研究の割合が少ない (Pritchard & Honeycutt, 2006)。圧倒的多数は現場の教師による実践本であり、次に多いのが「そこで何が起きているのか」を観察やインタビュー、そして実際の児童生徒の作文から記述する質的研究という立場の研究である。グレイブスやカルキンスといった1980年代のプロセス・アプローチのリーダーたちは、大学に籍を置いてこのような立場から研究を進めた。しかし、残念ながら彼らの研究の質には疑問の声が根強い。というのも、彼らは自分にとって都合の良いエピソードのみを取り上げ、効果の上がらない事例については黙殺していたことが多いらしく、「まともな研究の名に値しない」という辛辣な評価まである (Smagorinsky, 1987)。

余談だけど、こういう批判を読むと「研究者が実践者でもあること」や「ある授業法の正しさを主張する手段として研究すること」の難しさを感じざるをえない。グレイブスは優れた作文の教師であり、教師教育者でもあったと思うけど、研究者として高く評価することは難しい。ライティング・プロセス・ムーブメントの真っ只中にいた彼は、自分の研究の客観性が保てなかったのだろう。

プロセス・アプローチは効果がある! ただし…

とまあ、率直に言うと、プロセス・アプローチの効果を論じるのはなかなか難しい状況なのだ。それでも数少ない実験デザインの研究を集めてさらに分析した、一番信頼性が高いとされる「システマティック・レビュー」(系統的レビュー)というタイプの研究も存在する(Hilloks, 1984; Graham & Perin, 2007; Graham & Sandmen, 2011)。そして、これらの研究では、いずれもプロセス・アプローチの効果がある、つまり文章の質が高まることが認められている。

ただし、面白いのはこの先だ。Graham & Perin (2007)では、プロセス・アプローチの効果を認めつつも、教師がナショナル・ライティング・プロジェクトの研修を受けているかどうかで効果量が異なることが指摘されている(ナショナル・ライティング・プロジェクトについては、イギリスの同プロジェクトについての本をレビューした関連エントリを見て欲しい)。つまり、教師が書き手としての訓練を実際に積んでいると効果が高いのである。

[読書]この一冊で教師のライティング・グループができる!Smith, J., & Wrigley, S. (2016). Introducing teachers’ writing groups.

2016.05.14

これはおそらく、プロセス・アプローチが書くプロセスをまるごと生徒に体験してもらい、その中で介入的指導を行うアプローチであることから、書くことの本質についての理解・生徒の観察・また教師自身が書き手でもあることなど、教師に要求される水準が高くなることと関連しているのだろう。

ちょっと意外? 効果が立証されていないところ

また、実践している方には意外なことかもしれないが、最新のシステマティック・レビューでは、

  1. プロセス・アプローチは効果がある
  2. ただし、書くのが苦手な子については効果が認められない
  3. また、モチベーションを上げる効果も認められない

という結果が出ている(Graham & Sandmen, 2011)。このレビューの結果、特に「モチベーションを上げる効果が認められない」という点は、実はレビューした研究者たち自身にも意外だったようだ。この2点については、レビューからは除外されている質的研究の結果(書くのが苦手な子に効果的という質的研究が複数ある)や、書くこととモチベーションについての研究結果と矛盾している(プロセス・アプローチは、モチベーションを上げると言われる要素を多く含んでいる)ので、今後さらに研究が必要な分野だと思う。

現時点で研究が示した結論は

結論として、プロセス・アプローチの効果については、システマティック・レビューは好意的である。しかし、効果を上げるかどうかが、教師に左右される部分もありそうだ。今回のレビューの対象からは外れている別の質的研究では、「単にプロセスを経験させるだけでは十分でない」(Myhill & Jones, 2007)という報告もある。自分の経験を加味すると、少なくとも「誰でも出来て効果を上げる、魔法のような授業法」ではないとは思うけど、教師自身が書くことについて理解を深めていけば、効果も実感できるのではないか。

おまけのお薦め本

なお、下記の本では、プロセス・アプローチの中で効果を高める指導法について具体的に記述している。いつかこのブログでも触れるかもしれないけど、興味のある方はどうぞ(第二版ではなく初版ですので注意)。

次回のエントリ

作文教育のプロセス・アプローチって何なの? (5)批判編

2016.07.13

この記事のシェアはこちらからどうぞ!