あけましておめでとうございます。今年も我が家は家族で無事に新年を迎えることができました。皆さまはいかがだったでしょうか。昨年の振り返りと、今年の抱負などを。
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アウトプットの多かった昨年
昨年2018年は、自分にしてはアウトプットの多い一年でした。何よりも小坂敦子さん、吉田新一郎さんと共訳した『イン・ザ・ミドル』は、僕の個人史の上でも忘れがたい本になるでしょう。
重厚で文字の多い本ではありますが、一人の偉大な言葉の教師の実践の軌跡が、丁寧に描かれている本です。この本がある程度売れてくれると、アトウェルの仕事を紹介する「次」も動き出しやすいので、まだまだ多くの皆さまのお手元に届いたらと思っています。お年玉で、ぜひ!
昨年は、『増補版 作家の時間』にも、中高の実践を書かせていただきました。これはブログの過去記事をまとめたような内容ですが、中高と小学校でのライティング・ワークショップの違いについて書かせてもらえたのは、ありがたかったです。
昨年後半に浮かび上がった新たな課題
ですが、『イン・ザ・ミドル』を7月に刊行してから、また、僕の新たな課題がはっきりしてきました。それは、とても基本的なことなのだけど、僕は生徒を一人一人見るのができてないということ。アトウェルの本を翻訳できることと、それが実践できることは、まるで別なのですね。石川晋さんにも教室に来ていただいて、授業の見方や、生徒の見方、自分の授業時の身体的なクセについても教えてもらいました。
また、9月以降、再三言及しているように甲斐利恵子先生の教室に通わせていただいて、甲斐先生とアトウェルの授業に共通点を見出したのも、本当にラッキーでした。なんだか最近の僕は甲斐先生のことばかり書いていて、読者の方はそろそろ飽きているかもしれないのですが(笑)、自然と敬意を抱いてしまう本当に素晴らしい先達です。3月まではできるだけ甲斐先生の授業を見学し、甲斐先生の言葉から学ぼうと思っています。
2019年は「手放して待つ」一年に
こうした経験の結果、2019年1月1日の僕の意識は、2018年なかばとは、ちょっと変わってきました。この変化が、2019年以降の自分をどう導いてくれるか。一つだけ勇気を出して書いておくと、いったん、これまで手にした色々なものを手放そうと思っています。手放した時に、自分がどう感じるのか、体が思わずどう反応してしまうのか。何が自分の手元からなくなって、何は形を変えて、あるいはそのまま戻ってくるのか。どんなことが起きるのかを、手放して待ってみよう。それが、僕の2019年です。
でも、日々の生活としては、まずは夫婦円満と家内安全を。今年も、仕事よりも家庭を優先して、家族で夕食の食卓を囲み、子どもたちの学校の話をたくさん聞いて、たくさんほめてあげて、ついでに言葉遣いの間違いをしつこく訂正してやるつもりです(笑)
また、国語科の教員としては、これまで接点のなかった古典と仲良くする一年にしたいと思ってます。何しろ国文学出身でもなければ、教員になってからも古典を教えたことがほぼ全くない(!)ので、古典についての基礎教養や経験値が決定的に不足しているんですよね。幸い、ツイッターには国文学出身で古典を愛する先生方もいらっしゃるので、そういう先生方からも情報を得つつ、古典とお友達になりたい。ビギナーを自認しているので、まずは角川文庫ソフィアのビギナーズクラシックスを一通り読むつもりです。
このブログは、あくまで「未来の自分」を読者にして、参考になりそうな情報を保存したり、考えをはっきりさせるために書いています。書く側としてはほとんど読者意識のないブログですが、それでも「読んでます」とおっしゃってくださる方がいて、ありがたく思っています。どうぞ、皆様にも良い一年でありますように。