「教わる立場」の面白さ

今日は妻の誕生日。家族みんなでお祝いをした。
写真

(何歳かわかってしまいそうなバースデーケーキの写真)

こんな日に活躍するのが、はじめて丸3年になるウクレレ。家族の誕生日にはいつも僕がハッピーバースデーの歌の伴奏を弾くんだけど、今年は一緒にこの日のために練習してきた「瀬戸の花嫁」も!(妻は瀬戸内の島の出身なので)

このウクレレ、ワーカホリック気味だった自分が体調&メンタル不調の時期に、「何でもいいから仕事や家事と関係ない趣味を持つように」と医者に言われてはじめたもの。子供たちと一緒に歌でも歌えたらいいなという動機で始めたのだけど、習い始めると思わぬ効用があった。「教わる」経験が楽しいのだ。

僕たち教員は「教える」立場なのだけど、「教わる」ことは滅多にない。でも、ウクレレを習ってると「教わる」立場にたつことがけっこう面白い。例えば不器用な自分が楽譜通りに指を動かせない時、先生は「ちょっと遊んでみましょうか」と言って、別の基本的な運指の練習をいくつかさせる。それを組み合わせると楽譜の動きが出来るようになるわけで、「あ、こうやってスモールステップを重ねてるんだ。やっぱり有効な指導法なんだな」みたいな発見あり。 他にも、「何がわからないのかもよくわからない」不安な初心者の気持ちとか、やっぱり誉められると嬉しくてやる気になるとか、「やってみたい曲(=具体的な目標)」があると練習に身が入るとか、でもついさぼっちゃうし飽きちゃうよね、とか。国語、特に僕の興味がある作文教育は、美術や音楽みたいな実技科目にとても近いので、とにかく共通点が多い。

ウクレレを通じてこんな経験をしていると、「教わる」立場にたつのは、きっと「教える」仕事をする上でもプラスなんだろうなと思う。いまの自分の習い事はウクレレとskype英会話だけど、今後も10年に一つくらいのペースで新しいことを習うのって、教師にはいいんじゃないかな。そして、ウクレレの話もやっぱり仕事に結びつけてしまう自分って、まだワーカホリック気味なのかしら….。

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