日本を代表する作文教師のひとり芦田恵之助が『尋常小学綴方教授書巻四』(1921)でとてもいいこと書いてたので紹介。近代デジタルライブラリーで読めます。
系統案派の人は、修養の乏しい教師が多いから、止を得ず系統案が必要であるといふ。けれどもよくよく考へて見ると、修養の乏しい人が、自らが乏しいと考えてゐるうちは、なほ発達の見込があるが、学校で定めた系統案を持つて、その影に隠れるやうになると、その教師は、安んずべからざる天地に安住する迷へる人となるので発達の道は全く杜絶してしまふ。かうして教師が器械化したら、生気ある綴方教授はその教師の上に永久に滅びてしまふことになる。(pp15-16)
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作文教育の基本的な二項対立に「系統派」VS「自由選題派」がある。 教師が系統だてた順序の課題を与えるのが系統派。生徒に自由に書く題を選ばせるのが自由選題派。日本の近代作文教育は、明治期は系統派だったけど、大正期になって新教育運動の盛り上がりの中で自由選題派が主流になっていった。芦田恵之助も、自由選題の潮流に属する「随意選題論」を唱え、系統派に属する「練習目的論」を唱える友納友次郎と論争している。
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そんな経緯はさておき、上で引用した芦田の「学校で定めた系統案を持つて、その影に隠れるやうになる」教師という形容は、かなりドキッとする。自由選題派や系統派の枠組みを超えて、教師なら何度でも反芻する価値のある言葉ではないだろうか。[ad#ad_inside]

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