推敲の指導をする時に大切にしたい、助言を断る権利。

今年の風越学園の年明けは連休明けからとゆったりモード。そのぶん、年明けは国語やテーマプロジェクトの準備に使えたのだけど、今年も年明けが提出の日経ストックリーグの子たちのレポート推敲にお手伝いをしました。ちなみに昨年度関わった子たち(下記エントリ参照)は、なんと中学部門の優勝チームに! 助言の方向性は間違ってなかったようで、今年の推敲は、意識的に去年よりもさらっとしたのだけど、でもそのお手伝いも楽しい作業でした。今日は、その時のふりかえりというか、今後に向けて書き残しておきたいことを軽くメモします。

どんな場合なら効果的?作文教育における「ダメ出し」について考える

2025.01.11
今年の登り初めは、1月5日のご近所名山の平尾山でした。山頂からの北アルプスのながめは見事のひとこと。そういえば、登山雑誌『山と渓谷』の2025年12月号の読者投稿欄「読者紀行」に、平尾山について書いた「ご近所低山の愉しみ」というエッセイが掲載されたんです。山関連ではじめての原稿料、やったね! 図書館などで手にとっていただけたら嬉しいです

推敲で大切な「助言を断る権利」

先生の添削にせよ、子ども同士のピア・フィードバックにせよ、自分の文章について他者からフィードバックをもらうときに一番心がけておかないといけないこと。それは、「助言を断る権利を持つ」ことだと考えています。自分より年齢的・能力的に上位だと思われる人の助言は、書き手にとって大きなプレッシャーになるもの。そこからいかに身を引き剥がして、「他の人はそう言うけど、自分はこうしたい」思いをつらぬくことは、なかなかできるものではありません。だからこそ、指導する側としては「あなたには断る権利があるよ」ということは最初に言っておかないといけない。これが、すべての推敲指導の前提だと思います。個人的には「書き手の権利10か条」に追加して、「助言を断る権利」を入れてもいいんじゃないかと思うくらい。

これは素敵&大事!「作者の権利」10か条

2016.05.29

もちろん助言は聞いた方がいいことも多いので、結局大事なのは「助言を聞く素直さと、断る勇気」で、授業ではその言葉を使うんだけど、子どもに1対1で指導する時は、特に僕からの助言は権力を持ってしまうので、「断る権利」を強調したほうが良いのでしょう。生成AIに助言してもらう時も同様です。下記エントリに書いたけど、

僕たちの手による文章や要約が、どんなに偏っていて、主観的で、信用ならないものでも、僕たちは生成AIの提案に対して「あえてNOと言う」権利を保持し続ける必要がある。

人間の書き手が生成AIに「あえてNOと言う」権利を持ち続けること。

2025.04.29

と、わりと本気で思っています。オーナーシップを持つとは、NOと言えるということなんです。

複数の人からの助言には、全て応えようとしない

とりわけ、授業のピア活動で複数の人からの助言をもらったり、あるいは(今回の日経ストックリーグのコメントのように)複数の大人にフィードバックをお願いしたりするときは、注意が必要。複数の読み手は、それぞれにバックグラウンドも書き手も異なるので、その助言を全て取り入れようとすると、文章の底流にある書き手の思想の一貫性が失われたり、八方美人のつまらない文章になったりしがち。複数の人の助言には全て応えようとしない、というのも書き手が握るべき大事な原則だと思う。

コメント機能を使うと推敲が矮小化される

なお、今回のレポート推敲のお手伝い、最初は「Googleドキュメントを共有するのでそれにコメントしてください」と言われたのだけど、「対面のほうがいいから」と断って、学校で対面で指導しました。もちろん現実的には、Googleドキュメントでもワードでも、学校でコメント機能を使う場面が多いのはわかります。僕だって使います。

しかし、コメント機能を使った推敲指導をしてしまうと、「ひとつひとつの要望に応えなきゃ」という「NOを言えない」傾向が高まります。もっと深刻なことには、「つけられたコメントに一つ一つ応えて解決ボタンを押すこと」に推敲の意味が矮小化されるわけですよね。それは嫌なので、推敲指導はできるだけ対面でやりたい。「助言を断る権利があるんだよ」という話からはじめて、推敲するときのおおまかな方針を教えて、あとは自分たちで考えてもらえますからね。結果はどうあれ、作文指導としてはそのほうがいいんじゃないかと思っています。

みなさんは推敲指導するとき、どんなことをこころがけていますか?

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