みなさま、今年もよろしくお願いします。この年末年始は、某原稿や仕事のための調査をしたり、4月からの生活の準備もあったりで、お正月の1日2日をのぞいては家に引きこもっていました。
そんな中で、はまってしまって何度も読んでいたのが久部緑郎・河合単『ラーメン発見伝』三部作シリーズ。シリーズを通しての主人公格・芹沢さんの名台詞「奴らはラーメンを食っているんじゃない。情報を食ってるんだ」が有名で、ご存知の方はご存知だと思います。この漫画、面白いんですわ…。特に、芹沢さんがラーメン職人としてのピークを過ぎたことを自覚してから、別の可能性を模索する第三部『ラーメン再遊記』は、僕のような中年男性には刺さる一冊です。一番のお気に入りは、かつての夢が敗れたラーメン店主のその後を描くエピソード(第3巻第21杯から)。これはみなさんに読んでほしい!
というわけで、ブラックフライデーセールで購入したKindle Paperwhiteで全シリーズ全巻を大人買いして読んでいたのですが、今回とりあげたいのは、その中の第2部『ラーメン才遊記』7巻、芹沢さんの次の言葉です。
料理をうまいと感じる際、そこには未知への感動と、既知への安堵という両面がある。(「百花繚乱玉ネギラーメン」)
この「未知への感動」と「既知への安堵」、文章でも同じだと思いませんか? 「未知への感動」は、文章の中に散りばめられたた未知の謎や、まだ出会ったこともないような美しい表現、斬新な言葉づかい。僕たちをハッとさせ、わくわくさせ、ドキドキさせる文章の中のしかけのこと。一方で「既知への安堵」は、わかりやすい論理展開や、決まりきった、頭を使わずとも読めるクリシェや、お話の定番のパターン。
文章のおいしさも、結局のところこの「未知への感動」と「既知への安堵」のバランスで決まります。どちらが欠けても、文章の魅力は傷ついてしまう。わかりやすいだけでワクワクのない文章は、どんなにわかりやすくとも先読みできるからこそ面白くないし、逆に斬新な表現や散りばめられた謎ばかりの文芸作品は、頭が追いついていかずに立ち止まってしまう。ジャンルによって「未知」寄り/「既知」寄りという違いはあれど、どのどちらかの極に揺れてしまうと、読者は一気に減ってしまうでしょう。もちろん、そういう極端な少数の読み手を相手にギリギリのところで勝負する、たとえば前衛芸術なんかもあるとはいえ、一般的には、この両者の最適なバランスを模索することで、文章はより「おいしく」なるのだと思います。考えてみると、自分もそれを意識しながら文章を書いているものなー。
今年は軽めに、漫画を読んでの思いつきからエントリをスタートさせてみました。今年は僕にとって大きく環境が変わる年だけど、このくらい軽くひらりと新しい挑戦をはじめてみたいですね。みなさんも、良い一年でありますよう!




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