出版の失敗から来年が楽しみな勉強会まで。2022年、二学期の最後の1週間が濃密すぎた。

今週は子供たちとすごす最後の1週間だった。なんだか先週からいいことも悪いことも色々ありすぎて、とてもおなか一杯な感じ。妻には「いいかげん見ていて怖い。いったん仕事から離れて休め」と言われる。この「おなかいっぱい」感を、国語に関連することもそうでないことも、雑多にメモしておきます。でも、書けないこと、書いてないこと、いっぱいあるよ(笑)

写真はもう2ヶ月くらい前にアドベンチャーの引率で、湯の平湿原を歩いた時のもの。こうやって子どもたちの背中を見ながら後ろを歩いていくのが好き。

出版、失敗!

今週月曜、国語教師人生で初めて「作家の時間」の出版に失敗した(笑)。輪転機の調子が悪くて、土曜日に何度も紙詰まりを起こしてそれでも14時間かけてなんとか上下巻の本体は印刷したけど、最後に表紙の八つ切り用紙がどうしてもうまく印刷できず、他のスタッフまで巻き込んで(ありがとう!)作業をお願いしたらその時にもミスがあって、最終的にインク切れで試合終了….。保護者方にも出版お祝い会に来ていただく予定だったのに、本当に申し訳ない。もっと余裕を持ってできたらよかったけど、その余裕も到底ないスケジュールで学校を回してるので、今回に関してはもう「仕方ない」の一言に尽きる。せめて紙とインクの予備は事前にチェックしておこう。出版は、年明け早々にやることにします。

でも、テーマ「視点を変える」は手応えあり…

ドタバタはともかく、今回の「作家の時間」のテーマ「視点を変える」は、書く力の高い子にも、そうでない子にも、それぞれのチャレンジが設定できる良いテーマだなあと、やりながら感じていた。「桃太郎のお話を鬼の視点で書く」「三匹の子豚の話をオオカミの視点で書く」のように、既存の物語を使って書くこともできる。「人間ではなく動物やモノの視点で書く」こともできる。書く力がある子であれば、「一人称の視点にするか、三人称の視点にするか」の効果を考えることもできるし、二人の視点が交代に出てくる話を考えることもできる。結局みんな物語だったけど、視点を変えて考える意見文やエッセイも書けるはずだ。このテーマがあることで、それを手がかりに、色々なレベルで、色々なジャンルでチャレンジができる。制約があることで、自由になる力がつく。「ジャンル」じゃなくて「テーマ」で課題を設定することの、僕の考える価値ってそういうところ。

クリスマス会とスケート

火曜日は、子どもたちが企画したクリスマス会やスケートがあった。10月末のハロウィンパーティーは、やりたい有志の企画だったけど、今回のクリスマス会は、全員が、仲の良い人もそうでない人も混ざってグループを組んで企画をする。そのグループづくりを、同僚のあっきー(木村彰宏さん)がとても丁寧にやっていたのが印象的だった。「誰と組んでもできるよ」という子、「この人じゃなきゃ嫌だ」という子、「この子がいてくれたら他の人が一緒でも」という子、風越にはいろんな子がいる。そういう子たちに配慮しながら、グループを作って、それぞれのグループで出し物。みんなで楽しく過ごせて、ひとつまたグループとして階段を登ったかな、と思う。こういうの、「学級」だったらきっともっと簡単なんだろう。僕は小学校担任の経験がそもそもないので比較しようがないが、経験のあるあっきーは、いつもなんとなく学級との違いが頭の片隅にあるようだ。

この日の午後はスケート。風越の子たちのスケートの上手なこと! 今でも習っている子は、見ていて惚れ惚れする綺麗なフォームで走っていく。回転ができる子もいる。そんな中で、基本的に滑れない僕は完全にいじられ役だ。もちろん大人の僕は、こういう「できない」自分の姿を見せて優劣を逆転させることが、国語の授業での僕とこの子たちの関係性に繋がることもよくわかっている。だから全く興味のない体育の授業も、今学期はわりと頑張って出るようになった。

それにしても、もし大学入試科目にスケートがあったら、僕なんて完全に落ちこぼれだろう。現実の入学試験の多くは言語能力の影響が大きい。それだけ言語能力が大事だということもあるが、序列は常に恣意的だ。そんなことも考える。

この日はちょっとしたトラブルもあり、それに関係した聞き取りや面談、保護者との面談や電話連絡に追われる週でもあった。僕は元来こういう「生徒指導」的なものがあまり得意ではない。同席したあっきーだけでなく、それが得意な同僚のもとき(久保元城さん)に助言をもらいながら、一つ一つ丁寧に話を聞き、話をする。最終週で少し余裕もあったから、なんとか最終日までにケリをつけることができたけど、もう本当に綱渡り。体力的にもしんどかった。もちろん詳細はここに書けないけど、大人から見たらとてもちっぽけな空間で、子どもたち、それぞれが自分の見える世界を必死に生きているのだと思う。その必死さが、争いになることもある。年が明けてこのラーニンググループが解散するまでの三ヶ月を、大切に積み重ねていきたいな、と改めて思った。

風越学園で初の、国語の保護者会

木曜日には、風越学園ではじめての国語科の保護者会をやった。発案者は僕で、ある地域のイベントで知り合った保護者の方から質問を受けて答えているうちに、そりゃあ、「作家の時間」「読書家の時間」という保護者からしたら得体の知れないものを柱にしているカリキュラムって不安に思うようなあと思ってやってみた。「作家の時間」「読書家の時間」で目指すもの、12年間のつながり、出口のイメージ。そういうものを保護者に伝えるとともに、準備段階で僕たちスタッフの間でも改めて共有する良い機会になったと思う。

保護者会をやって個人的に感じたのは、最後に信頼と安定の甲斐利恵子がいる心強さ。どこかのエントリでも書いたけど、彼女が同じ職場にいる強みを、自分はもっと発揮していかないとなと思う。僕と彼女は大事にしているものの違いもあることはわかっているし、強みの違いもあるのだけど、たとえ自画自賛と言われようが、僕ら2人が同じ職場にいるのは、 他ではなかなかない風越の国語の強みのはずだ。このリレーの精度をもっと高めていきたい。

幼児から低学年の保護者にアプローチしたい

もうひとつ、幼児から小学校低学年期、まだ黙読に入る前のこの時期の読み聞かせや一緒読みに、家庭をもっと巻き込んでいきたいなとも思う。いい絵本や好きな絵本を紹介し合う、月1回くらいの放課後サークルを作るのもいい。たまには僕が、人間が文章を読む仕組みから始めて、幼少期の読み聞かせがどれほど子どもの語彙や学力に影響を与えるのか、レクチャーしてもいい。保護者を啓蒙するというと嫌な言い方になるかも知れないけど、そういう知識をちゃんと伝えることも大事だと、最近は思う。だって、読み書きは自然に任せては発達しないのに(だから近代以前は読み書きできない大人が大量にいた)、それも知らないで「自然がいちばん」「子どもの自主性尊重」信仰にとらわれて、ずっと我が子が興味を持つのを待って苦しんでしまう親も世間にはいるのだ。そういう勘違いを、風越の保護者にさせたくないなあ。

『   』に制限をつけないために…

今週、一番考え込んでしまったのは、ある保護者と話した時の進路のことだった。風越学園のウェブサイトには、「じっくり たっぷり ゆったり まざって 遊ぶ 学ぶ 『  』になる」と書いている。でも、風越で自分のやりたいことに打ち込んだ結果、『』のカギカッコに「医者」や「弁護士」のような高学力が必要な職業を入れたい子たちに対して、どうするのがベストなのだろう? 風越のカリキュラムが「知識を網羅しないしそもそもいわゆる座学の時間も圧倒的に少ない」現実は、厳然としてある。その中で、何ができるのか。いまの自分は中学生を担当していないとはいえ、受験から逆算した時に、やはり自学自習ができるプロジェクト・マネジメント能力と言語能力(参考書を読んで理解する力)は必須だ。その観点でも、読解力の育成はとても大事。さっきの幼稚園や低学年の保護者へのアプローチも、そういう文脈もある。

1週間の最後は、国語の勉強会

そんな超濃密で、倒れないか妻に危ぶまれていた1週間の最後は、定期的に開いている国語の勉強会。風越学園からは僕とゆっこに加えて、軽井沢西部小、軽井沢東部小、御代田北小の先生たちに、今回は東信教育事務所の指導主事さんの合計7名。一時間半ほど、それぞれの実践報告をしたり、知っている情報の交換をしたり。こういう時間は本当に大事だ。特別な公開授業ではなく、日常の授業の中にこそ学びの機会がたくさん眠っている。僕が東京時代から参加している勉強会はコロナ禍でこのところオンラインベースだけど、やはり対面のインフォーマルな勉強会が持つ熱は、たしかにある。

個人的には本当は毎月やりたいところだけど、そこは皆さんの負担を考えて二ヶ月から三ヶ月に一回ペースで、今後も続けていきたいと思う。公立の先生たちはいずれ異動があるから、異動先でさらに広がっていく良さもあるけど、同時にもっと仲間を増やさないといけないな。軽井沢中部小学校や軽井沢中学校にもアプローチしたいところだ。

こういうつながりや、五校連携の仕組みにも乗っかりながら、実は来年はやってみたいことがある。その思いを話したら興味を持ってもらえて嬉しい。これからそれを現実にすべく、動いていく。年内最後の1週間の最後にそういう楽しみのある話ができて、とても良かった。

 

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