本を読んで救われることもあった2023年。恒例の年間読書ベスト盤。

2024年の2回目の更新は、これまた恒例の読書まとめエントリ。もう「去年」になっちゃったけど、2023年は時間と気持ちの余裕がない日が多くて、ちょっと読書量は減っちゃったな。これはもう、東京時代との違いとして受け入れないといけないところなんだろう。でも、このあと書くけど、「読書によって救われた」経験をしたのも去年のこと。やっぱり、本っていいなって思う。

目次

小説部門では、僕を救ってくれた本たちを。

シチュエーションもあいまって、忘れ難い印象を残す本というものがある。僕にとって小川糸『ツバキ文具店』はまさにそんな本だった。くわしいことはこちらのエントリに書いたが、ふりかえっても2023年でいちばんしんどい時期に、逃げるように双子池に行き、そこでこの本を読んだことで、僕は本当に救われたのだと思う。後日談を書くと、この本を読んだことをきっかけに、退職した同僚に手紙を書くこともできた。それだけでも、この本を読んで良かったと思う。書くこと、思いをつたえること。2023年、間違いなく僕を救ってくれた本である。

その後、少しずつ回復していく中で、月に1冊読むと決めた安房直子コレクション。中でも第2集の安房直子『見知らぬ町ふしぎな村』は、僕の読書記録で数少ない10点満点の本。「魔法をかけられた舌」「青い花」など、すっかり記憶は薄れてしまっていたが子どもの頃にたしかに読んで、僕の感性を作ってくれた作品群に、久しぶりに会えた。特に「魔法をかけられた舌」は、読む前はすっかり忘れていたので、町でばったり会った人が、なんとなく話をしているうちに昔のクラスメートだとわかったような、そんな驚き。この安房直子の本にも救われたと思う。弱かったり間違ったりする人間へのやさしいまなざしを感じる筆致がとても好きだ。

もう一冊あげるなら、ソン・ウォンピョン『アーモンド』。脳の中で感情をつかさどる部位「扁桃体」に欠陥があり、感情や恐怖を感じない少年を語り手とした小説で、その彼の運命が、自分の祖母や母が襲われるところから暗転していく。怪物扱いされる少年が、「もう一人の怪物」である乱暴な少年ゴニ、少女ドラとの関わりをへて変化していく物語。ラスト近くの展開に引き込まれる。

やわらかく包み込んでくれる3冊

ノンフィクションにもいろいろあるが、今回はエッセイを。「え、本当にノンフィクションなの?」と思ってしまうのが、12月に読んだユン・ソングン『古本屋は奇談蒐集家』。代金をとるかわりに、依頼主がその本を探す事情を聞く古本屋の店主である著者が、本探しを通して垣間見た人間模様や、依頼主との交流について書いていく一冊。「物語のような本当の話」というだけでなく、人間に対する筆者のあたたかいまなざしも含めて、とても心地よい読書体験。古本屋好き、本好きの人はぜひ!

軽井沢ブックフェスティバルがきっかけで読んだ矢萩多聞『美しいってなんだろう?』は、一時期、毎日少しずつ読むのを楽しみにしていた本。インドの大陸の空気を感じさせる、やわらかでおおらかな文章で、いくつかのテーマから「美しさ」について考えていくエッセイ集だ。各章の終わりには、娘さんのつたさんの率直さを感じさせる文章もあり、そのやりとりもいい。

どちらも心にしみます、2冊の絵本。

絵本は心にしみる系の2冊を選んだ。湯本香樹実ファンの僕なら選ばざるを得ないのが湯本香樹実・酒井駒子『橋の上で』。あの名作『くまとやまねこ』のコンビです。橋の上から川を眺めながら自殺の想像をする少年に、側にいた変なおじさんが、誰にもある川と、その水が流れ込む湖の話をする。一気に彩色されるページがあざやかで、忘れ難い印象を残す。

鈴木まもる『いのちのふね』は、いのちが失われて、次のいのちが生まれてくるまでの循環を「船」をモチーフに描いた絵本。命の船とは、シンプルで斬新ではないけど、美しい比喩だ。これは、秋の軽井沢ブックフェスティバルで、焚き火とともに読み聞かせを聞いたシチュエーションこみで、最高の読書体験だったなあ。どこかで読み聞かせしたい本。

教育(全般)部門のベスト3

教育部門からは、次の3冊をあげる。まずは、ロン・バーガー『子どもの誇りに灯をともす』。ロン・バーガーの姿勢はナンシー・アトウェルと通じるところが多くて、考えさせられた一冊だ。クラフトマンシップの文化が中心になって、「楽しさ」だけでなく「質の高さ」も求めていく教育。自分が心から共感できる教育は、やはりこの方向性だなあと思う。でも、今の自分がこの「批評」の厳しさを体現しようとしたら、それに乗れない子や、僕に追い詰められる子が出てくるだろう。そこを乗り越えるものは何か。このへんは、僕の大きな課題。

速水敏彦『内発的動機づけと自律的動機づけ』は、「子どもの内発的動機づけが大事!」という「呪い」から我が身を解きほぐす一冊。内発的動機づけが礼賛される風潮に対して、気の向かないことでも頑張ろうとする動機づけを重視する立場からの、動機づけの理論の紹介とその修正の試みが興味深かった。これは、鹿毛雅治『モチベーションの心理学』を読んだ時にも思ったが、人間の動機づけは本当に多様で、「何が良い」とは簡単に言えない。これも、何度も戻ってきたい本だ。

もう1冊、安藤寿康『教育は遺伝に勝てるか?』は、教育や人の成長における遺伝的影響の大きさに驚く本だ。知能や学業成績には、遺伝によって説明される個人差が一番大きく、次いで家庭の方が学校よりも影響が大きい。ざっくりいうと、おおよそ遺伝が50パーセント、家庭が30パーセント、学校などは残りの20パーセント。そして、加齢につれて遺伝の影響は増していく。とすると、教育で一時的にその子の遺伝的傾向と異なることを意識的に学ばせることはできても、卒業後にそれが残る可能性は低いわけだ。だとしたら、最初からその子の遺伝的素養が花開くように意識して、それだけ多様でもやっていける社会を構築するほうが良いのかも。

国語教育部門からはこの3冊を。

国語教育部門のベストは、三藤恭弘『「物語の創作」学習指導の研究』。これは2023年に読んで本当に良かった1冊だ。10月の全国大学国語教育学会公開講座「行為としての文学をどう学ぶか」でご一緒した、福山平成大学の三藤先生の本である。物語創作の歴史や実践やカリキュラム案まで、物語創作をする実践者はまずこれを読め、という本である。この本に出会えたことが、この公開講座に参加した僕の一番のメリットだったな。

松下育男『これから詩を読み、書くひとのための詩の教室』は、「国語教育部門」に入れられるのは著者は不本意かもしれない。でも、詩作にかぎらず、文章を書くことや表現しようとする人みんなを励ましてくれる一冊だ。そして、僕の作文教育を考える上でも、大切で共感したくなる考え方がたくさんある。書いた人を滅ぼす詩ではなく活かす詩を書く。それは本当に、文章を書くことの、もっとも大事な核に触れた言葉だと思う。

最後のもう一冊は、松岡享子『サンタクロースの部屋』。目に見えないものを信じる心の働きについて述べた、最初の「サンタクロースの部屋」の比喩が美しい。ひとたびサンタクロースを住まわせた部屋を持つ者は、サンタが去ったとしても、そこに新しい住人を迎え入れることができる。著者が1960年代末〜70年代なかばまでに書いたエッセイを集めたもので(初版は1978年)、子どもの読書に関わって「子ども図書館」理事長をされていた方(2022年1月に死去)だけあって、一つ一つの言葉の含蓄が深い。子どもは大人が読むようには本を「わかる」ように読まない(あくまで自分の関心から読む)話、子どもに本を好きになってもらうには楽しいことが大事な話、文字を読むよりも大事な「耳で聞いて読む」能力を大事にという話…どれも、読書教育の大事な指針になりうる珠玉の言葉たちだ。

 

小説もガイドブックも。「山」部門の3冊!

今年は山読書もはかどった一年だったので、個人的趣味でそこからも。まずは山岳小説で有名な新田次郎の作品からは何を取るか迷ったが、そこは代表作に敬意を表して新田次郎『孤高の人』。孤高の登山家・加藤文太郎をモデルにした小説で、とにかく加藤がかっこいい。それだけに、どうも実際の加藤とはだいぶ違う面もありそうで、より実際の加藤に寄せたと思える谷甲州『単独行者 アラインゲンガー』との比べ読みも面白い。

ノンフィクション部門に入れても良かった羽根田治『十大事故から読み解く山岳遭難の傷痕』は、山好きでなくても思わず引き込まれてしまう作品だ。歴史に残る日本の山の遭難事故の状況をたどり、なぜ事故が起きたのかを克明に分析していく。ドキュメンタリー作品のようで、非常に読み応えがある。

2023年夏から秋にかけて、我が家はちょっとした「武田信玄」ブームだった。きっかけは、バラフェスティバルに出かけた坂城市が村上義清(一般にはマイナーだけど、武田信玄を二度破った信濃の豪族である)の生地だったこと。そこから武田信玄の信濃進出やそれを迎え撃つ信濃の豪族たちの歴史に興味を持って、砥石城や虚空蔵山城に代表される、村上蓮珠砦の低山をいくつか歩いた。その時のおともが、中島豊『いざ!登る信濃の山城』。これはマニアックだけど良い本でした。この本を手に、まだ行ってない山城にもどんどん行ってみたい。

冬になって山に行くことが減ると、山の読書も下火になってきたのが残念。そろそろまた何か読みたいな。

2017年〜2022年の「ベスト本」は…

最後に、2017年から2022年まで(2019年をのぞく)の年間ベスト本エントリへのリンクを貼っておく。なんだか読む本の質が変わってきましたねえ。いまはもう評論とか読めないんじゃないかって気がする(笑)

2017年

あけましておめでとうございます!2017年に読んで面白かった本のまとめ

2018.01.02

2018年

[読書]2018年の個人的読書ベスト盤。未読の本があればぜひどうぞ!

2019.01.05

2019年

ベスト本の記事なし。

2020年

[読書]物語系、ノンフィクション系、教育系。2020年に読んだ本から15冊のお薦め本。

2020.12.31

2021年

[読書]ヤングアダルトから登山本まで。2021年に読んで印象に残った本。

2021.12.31

2022年

[読書]2022年の読書年間まとめ。印象に残った「ベスト」を部門別に紹介します。

2022.12.31

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