[読書]「書くことは読むことから」の文章論。古賀史健『取材・執筆・推敲 書く人の教科書』

古賀史健『取材・執筆・推敲 書く人の教科書』を読んだ。再読なのだが、あらためて良い本だなあと思う。本書は、取材をしてコンテンツを作り出す書き手(ライター)に向けて贈られる、書くことの教科書である。教科書といっても、著者個人のライティング論の色合いが濃い、書き手の顔が見える本でもある。著者は、『20歳の自分に受けさせたい文章講義』などの著作でも知られる人だ。素晴らしい一冊なので、書くことの指導に関心のある方は、ぜひ手にとってほしい。

目次

取材・執筆・推敲の三部構成

タイトルの通り、本書は「取材」「執筆」「推敲」の三部構成をとる。「取材」の部では、書くことは世界を読むこと、何よりも取材をする相手を丁寧に読むことという前提の大切さが丁寧に説かれる。相手の面白い話をどう引き出すかという以前に、自分がどう相手に興味を持つかが問題なのだ。書き手に必要なのは、自分自身の心を揺り動かして、予定調和ではない取材をすること。その一貫した姿勢に圧倒されてしまう。

第二部は、執筆に際しての章の構成の話が中心だ。ここでは、桃太郎の絵本を例にした、絵本づくりで構成をトレーニングする方法が抜群に面白い。取材から文章に書き起こす過程は、「何を捨て、何を残し、どうつなげるか」ということ。それを鍛えるのに特定の絵でストーリーを表す絵本がうってつけなのだ。本書では、桃太郎のストーリーを描いた30枚の絵から、10枚だけ選んで絵本をつくるワークがある。さて、あなたなら、何を捨て、何を残すのか。これはこのまま国語の授業でも使えそうなので、ぜひやってみてほしい。

第三部は、「推敲」である。ここでは、「推敲とは、過去の自分への取材である」と、推敲の本質が一言で語られる。あなたはなぜこう書いたのか。なぜこう書かなかったのか。それを過去の自分に問い、書かれた文章を再編集すること。過去の自分と距離をとるための具体的な方法にはじまって、推敲の心構えが語られる。

書くことは読むことから

僕自身は、本書の第一部の「取材」に特に圧倒された。書くことは読むことなのだという基本を改めて思い知らされたし、「基本」と言いつつ、ここまで基本を徹底できる筆者の姿勢に感銘を受けたのだ。世界をより豊かに読もうという姿勢なくして、書くことはできない。そう思わされた。学校の作文の授業でここまでの姿勢を徹底することは難しいとはいえ、この姿勢を持つ書き手を育てたい、いやそれ以前に自分がそういう書き手でありたいと強く思わされる箇所だ。

もちろん、読者の時々の関心に応じて強い印象を残す箇所は違うだろう。僕にとってはそれが第一部だっただけで、いずれをとっても参考になる三部構成だと言える。

印象に残った言葉たち

本書には、印象に残る言葉がたくさんあるのだが、いくつか引用しておこう。まずは、書くことは読むことから、をストレートに述べた言葉から。

小手先の表現テクニックを学ぶよりも先に、まずは「読者としての自分」を鍛えていこう。本を、映画を、人を、世界を、常に読む人であろう。あなたの原稿をつまらないとしたら、それは「書き手としてのあなた」が悪いのではなく、「読者としてのあなた」が甘いのだ。(p55)

 

与えられ、動かされるのを待っていてはいけない。自分のこころを動かすのは、あなた自身なのだ。(p117)

3つの柱の一つ、推敲についても、非常に印象深い言葉を残している。書くことは読むことだという信念はここでも貫かれている。

ぼくは推敲の本質を「自分への取材」だと考えている。このときあなたは、なにを考えていたのか。なぜこう書いたのか。このエピソードはほんとうに必要なのか。もっと別の話、別のたとえ、別のことばはないのか。赤ペンをたずさえて書き手——すなわち過去の自分——に取材していく。厳しい問いを、容赦なくぶつけていく。それがぼくの考える推敲だ。(p392)

 

推敲によって、ダメな自分と向き合う。いいと思っていた原稿の、さまざまなミスを発見する。それは「書き手としての自分」がダメなのではない。「読者としての自分」が鋭い証拠なのだ。(p409)

「書くこと」で自分と世界を変える

本書には「「書くこと」で自分と世界を変えようとするすべての人達に届くことを願っている」という一文もある。大げさでなく、書くことは自分と世界を変える。それは、書くことに先立って、世界を丁寧に読むことが存在するからだ。そのように読もうとする人の前で、世界はこれまでよりもその姿をくっきりと表し、光り始める。面白いことを書くから面白いのではなく、面白く書くから面白い。「面白く世界を読もう」という意思に開かれた人は、すでに書き手として最も大事な関門をクリアしているのだ。

本書は帯に「100年後にも残る「文章本の決定版」を作りました」という相当気合の入った惹句があり、実際に450ページを超える大著である。でも、実際に読むと定価の3000円が安く感じられる。書くことの教育に携わる人はもちろん、総合学習などでインタビューを予定している学校の教員も、ぜひ読むべき一冊だ。ほんとにオススメできます。

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