ヤナ・ワインスタイン、メーガン・スメラック、オリバー・カヴィグリオリ『認知心理学者が教える最適の学習法』(原題Understanding How We Learn)は、原題や邦題があらわすように、私たちがどのように学ぶのかの知見を踏まえて、一定程度信頼できる学習法をまとめた本である。あらかじめ断っておくと、こういう分野の本を読んできた人にとっては、必ずしも目新しい内容ばかりではない。だがそのぶん信頼できる「定番」的情報ともいえる。よくある誤解から、基本的な学習の仕組み、効果的な学習法、さらに具体的なヒントに至るまで、よくまとまって整理されているし、詳しくは後述するが、何しろ説明が誠実。おすすめできる一冊だ。
目次
基本的なところから、の入門書
世の中には怪しげな「科学的に証明された学習法」が溢れているが、その中には、ごく一部の実験で出た結果をもとにしたものや、今ではとっくに否定されているものもある。本書はそれらの本と一線を画して、人間の記憶の仕組みに基づいた「定番」の情報がまとまっている。
中でも良いなと思ったのは、「マインドワンダリング」「宣言的記憶」「手続的記憶」「精緻化」など、この分野の本を初めて読む人なら知らなそうな言葉(僕にももちろんそういう語はあった)はもちろんのこと、「記憶する」「忘れる」「注意」などの基本的な言葉の意味についても、しっかりと紙幅をさいて検討してくれているところだ。僕はこれまでも何冊か学習科学の入門書を読んできたが、こういう基本用語の意味はつい日常語に流されて都合よく解釈してしまいがち。それを解説してくれるだけでなく、例えば「忘れる」という用語の定義の難しさにもしっかり触れている本書は、とても信頼できると感じた。
学習についての「誤解」も
次のような学習に対する「誤解」をも多く取り上げている。
- 刺激が豊富な教育環境は子供たちの脳に良い影響を与える
- 繰り返し読むとよく覚える
- 子どもにあったラーニングスタイルで情報を提供するとよく学べる
- 「右脳型」「左脳型」分類が学習に役立つ
これらは、いずれも学習に関する素朴な信念だったり、教師に強固に人気のある考え方だったりする。特に、ラーニングスタイル論の誤りについては、僕も結構前に下記エントリで書いたことがある。右脳左脳も、ラーニングスタイルと同じく教師に好まれる俗説だ。
効果的な学習の6つの原則
本書ではこういう俗論を排しながら、記憶や注意に関する人間の認知プロセスの基礎を説明し、それに基づいて基本的な学習法の原則を提案する。このうち、分散学習(spaced practice)や検索練習(retrieval practice)の効果については、僕もこれまでにも聞いたことがある。
- 分散学習…期間をおいて学ぶ
- 検索練習…思い出すことで学ぶ
- インターリーブ(交互配置)…他のことと交互に学ぶ
- 精緻化…詳しく説明して学ぶ
- 具体化…具体例と結びつけて学ぶ
- 二重符号化(デュアルコーディング)…図と結びつけて学ぶ
効果的なテストとは?
とりわけ、検索練習の代表的なものが「テスト」で、本書ではテストについて詳しい説明がなされている。本書で強調されているのは、「成績に大きな影響を与えない小テストを頻繁に行うことの学習効果の高さ」だ(p210)。実際のところ、「テスト=点数による序列化」とイメージを結びつけて、テストを忌避する「理想に燃えた」教育関係者は少なくない。とりわけ風越のような学校だと、そういう保護者も少なくないのではと予想する。だが、そういう偏見で小テストをしないのは、学習にとってあまりに非効率。単に、序列化に使わなければ良いだけの話なのだから。
また、検索練習は実際に検索できることに意味がある(いくらテストをしても思い出せなくて0点が続いたら学習効果はない)ので、思い出す方法を工夫する必要があることなど、小テストの作り方についての助言があるのも良い。漢字テストで言うと、全く思い出せない子のために部首だけ書いた別バージョンを作るのが、これに当たるのかな。
ここでも、丁寧な説明がある
そして、面白いことに、先の「注意」「忘れる」などの基本的語彙の定義の難しさの話と同様に、この6つの原則についても、よくわからないことについては「よくわからない」と書いている点に好感が持てる。例えば、インターリーブはなぜ効果的なのかという理由や、実験室的な条件を離れたインターリーブと分散学習の区別についてはよくわからない点を率直に書いてあるところなど、面白く読んだ(p163-165)。また、「具体化」の項でも、具体例を用いた説明は、生徒は具体例を覚えていてもそれを用いて伝えたかった抽象的な概念の方はまるで覚えてもらえない危険性があることに触れていて、とても共感しながら読んだ(念のため書くと、それをできるだけ防ぐにはどうしたらいいか、と言うことも書いてある)。
こういう「難しさ」「わからなさ」も含めて丁寧に説明があるところが、俗流「脳科学」本との違いを感じさせるところだ。信頼できる本だな、と思う。
信頼できる、学習法の入門書
本書の帯にある「科学的エビデンスに基づいた『学習法』の決定版!」などの惹句を読むと、なんだかこの本が俗流脳科学論の本のように思えて、かえって手が伸びにくい。しかし、これまで書いてきたように、本書はそれよりもよほど誠実な認知心理学と学習法の入門書だ。スパッと短く書いてくれないので、5分でエッセンスを知りたいみたいな人にはとっつきやすくはないかもしれない。でも、こういう本がこの分野の定番になってほしいな。僕は専門家ではないので、内容的にきちんとした評価はできないが、少なくとも、そのような印象を持った。
これまで下記エントリで触れてきたように、僕は教育現場でエビデンスベースドの政策が展開されることについては、やや慎重な立場をとってきた。また、個人的にも、熟練した教師の直観には基本的に一定以上の信頼を寄せてもいる。
それでも、本書で書かれたように、「人は自分の持つ信念を支持するエビデンスを探し、矛盾するエビデンスは低く見積もる」バイアス(確証バイアス)があることもよくわかるし、ここで書かれている基本的な原則くらいは、自分でも踏まえていきたいな。少なくとも「一般的傾向としてはそうだよね」程度に、教師と保護者の間でこういう知見が共有されていると良い。というわけで、教育関係者に広くお勧めしたい一冊です。