[読書]表テーマはデジタル、裏テーマは「対話」。バトラー後藤裕子『デジタルで変わる子どもたち 学習・言語能力の現在と未来』

本書は、デジタル環境が子どもの学習・言語能力の発達にどのような影響を与えるのか、広範な文献にもとづいてこれまでの研究成果をまとめた本である。GIGAスクール構想によって学校でのICT機器導入が進んでいる現在、小中高校生で働く教員であれば知っておくべき知見が詰まっている。また、子どものデジタル環境をどうしようか考えている子育て中の方にもおすすめ。「動画・テレビは乳幼児にどう影響するのか?」「デジタルと紙の違いは何?」「SNSのやりすぎは教科書を読めなくする?」「デジタル・ゲームは時間の無駄か?」「AIは言語学習の助けになるか?」など、教育関係者でなくても興味深い問いがたくさんだ。

他者との対話(相互交渉=インタラクション)が重要

そしてこの本、面白いのは表テーマが「デジタル」だとしても、裏テーマとして「対話」(相互交渉=人と人とのやりとり、インタラクション)の重要性が一貫して流れていることだ。例えば、第2章「動画・テレビは乳幼児にどう影響するのか?」では、乳幼児の認知能力や言語能力の発達に、身体を介したインタラクションが鍵になることが何度も指摘されている。では、どういうインタラクションだと乳幼児の言語能力の発達にプラスになるのかは、ぜひ本書をお読みいただきたい。

「紙」vs「デジタル」の話題も、鍵は「対話」

また、おそらく国語教員には興味がある人も多いだろう紙とデジタルの比較をする第3章「デジタルと紙の違いは何? マルチメディアと読解力」でも、「対話」(インタラクション)が両者の差をあらわすキーワードとなっている。

この話題、僕もこれまで下記の本読んでいたので、正直なところ、目新しい話題や結論ではなかった。でも、本書『デジタルで変わる子どもたち』でも、デジタルと紙の比較先行研究がていねいにまとまっており、読者としてはありがたい限りだ。そして、「紙」が、ポインティングやなぞり書きなど、様々な意味で人とテクストとの対話をうながすメディアであることも、本書の記述で改めて思い知らされる。

[読書]教育現場の紙と電子メディアの「使い分け」を議論するための基本書。柴田博仁・大村賢悟『ペーパーレス時代の紙の価値を知る 読み書きメディアの認知科学』

2020.12.19

[読書]デジタル時代に「深い読み」をいかに保つか?メアリアン・ウルフ『デジタルで読む脳×紙の本で読む脳』

2021.03.28

余談だが、作家の時間のカンファランスをしていても、生徒がクロームブックを使う場合と紙のノートを使う場合では、紙のほうが僕とのインタラクティブなやり取りが増える。紙のほうが閲覧性が高く、また、書き込みがしやすいことが影響しているのだろう。このへんはまだまだデジタルは紙にはかなわないという実感だ。

読解力の低い子にデジタルメディアでの読みは有害?

読解力がらみでもう一つ面白いのは、デジタルメディアは、読解力の低い読み手にはかえって有害な可能性が示唆されていることだ。ヘッドライン、写真、ハイパーリンクなど多くの情報があるデジタルメディアは、それを適切に処理できる読解力がない人にとっては、明らかな情報過多となる。そういう読者はメリハリをつけた読み方ができずに、「能動的に情報の取捨選択をするのではなく、たまたま目にした少ない情報だけで満足してしまうことが起こりやすい」(p140)。これは、メアリアン・ウルフが言う「浅い読み」の状態だろう。こういう子たちには、デジタルメディアよりも先に紙のメディアで注意深く、批判的に読む訓練が、まずは必要になるのだろうか。

面白い!デジタルゲームをデザインする事例

こうした全体の論調は、デジタル環境下での言語能力育成の課題に焦点があてられ、必ずしもバラ色の未来を描いているものではない。むしろ、紙メディアの優位性を感じさせるものだ。とはいえ、デジタル環境自体は変わるわけではない。その中で、僕たちはどのように子どもたちの言語能力を伸ばせば良いのだろう。

そのヒントとして非常に面白かったのが、第5章「デジタル・ゲームは時間の無駄か?」で紹介された、英語の学習デジタルゲームを子どもたち自身がデザインする事例だった。子どもたちが、「ゲームはなぜ面白いのか」を考えるところからはじまって、それを活かした英単語の学習ゲームを自分たちでデザインする実践だ。学習におけりゲーミフィケーション自体は色々なところで見聞きするものの、子どもたちが自分でゲームをデザインするとは! これは、ぜひご一読をおすすめしたい。

戸惑いも…どこまでが国語教育の範疇なの?

本書は、ほとんどの記述で出典となる研究が引用されており、さくさく読めるというわけではないが、そのぶんじっくりと学ぶことができる。得るところの多い本だったが、とはいえ最終章では、国語科教員として「どうすればいいの…?」と思う記述もあった。

筆者は、これからのデジタル時代に必要な言語コミュニケーション能力を「基本的言語知識を土台に、言語を自律的・創造的に使い、さまざまな知識をインターパーソナルな空間で拡張・発展させていく能力」(p292)とする。ちなみに、ここでも言語能力が個人に内在する能力ではなく、「インターパーソナルな空間で」と「対話」が前提とされているのが興味深い。「対話が大事」という本書の主張はずっと共通しているわけだ。

そして筆者は、これまでも学校で扱ってきた基本的言語知識(文法的能力と社会言語能力, p286)の重要性を否定しない。豊富な知識の基盤の重要性を繰り返している。しかし、それだけでは足りず、デジタル上の膨大な言語情報を効率よく処理し、批判的視点を持ちながら分析・理解する「自律的言語能力」や既存の言語情報や非言語情報(音や映像など)を再構成・再編成したり、新しいコンテクストへの組み換えを行ったりする「創造的言語能力」も必要だとしている。

この筆者の主張、デジタル社会では、言語・非言語にまたがる膨大な情報を処理し、デジタル空間の中で他者と協働しながら新しい価値を生み出していくのだから、総論としてはとてもよくわかる。一方で、国語科教員の視点から言えば、「どこまでが国語科教育の範疇なのか(どこまでやればいいのか)」という気持ちも素朴に湧き上がってしまうのも事実だ。時間という資源が有限な中、基本的言語知識を扱うことだけで精一杯でもあるのだ。マルチモーダルなメディア・リテラシーについては国語科の領域で話題にはなるものの、これからの時代、いったいどこを国語科の「本丸」として勝負すべきなのだろうか。

いまの学校関係者が読むべき本

「デジタル」と「対話」を軸にして、変化しつつある環境下での言語能力の育成をテーマにした本書は、骨太で、じっくりと読んでいきたい本だ。僕自身は、本書や関連書籍を読んでいく中で、どちらかというと学校でのデジタルメディアの導入は、言語能力、特に読解力の育成にはマイナスが多いと判断しつつあるが、推進派の人はどうなのだろう。この本を基本文献の一つとしてデジタルメディアをめぐる議論がなされれば、かなり噛み合った話し合いになるのではないか。そういう意味で、いまの学校関係者が読むべき本だと思う。

 

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