松浦年男・田村早苗『日本語パラグラフ・ライティング入門』を読んだ。書くプロセスにはいろいろなフェーズがあるけれど、この本が狙っているのは、雑多なアイディア」を整理して、人が読んでもわかるように言語化するフェーズ。つまり、自分の文章を読んだ人に「何が言いたいのかわからないよ」と言わせない文章術の本である。一言で言うと、「情報の整理と言語化」に特化したトレーニングブック。大学の初年次教育にはぴったりだし、自習したい高校生以上大人までにも良い本なので、このエントリで紹介しておく。
目次
「パラグラフ・メモ」を作って、人に伝える
本書にはいくつかの面白い点がある。一つは、情報を整理するやり方として、「メモ」を「雑メモ」(自分のアイディアを雑多に書き散らしたメモ)と「パラグラフ・メモ」(人に読んでもらうための構成のメモ)に分けていること。「メモ書き」と言うだけではこの2つの要素がごちゃ混ぜになりがちなので、両者の性格をはっきり区別させる面白い命名だと思う。本書はこの「パラグラフ・メモ」を作り、文章にして人に伝える段階がターゲットなわけだ。逆に言うとおそらく文章を書く上で一番大事な「アイディアを練る」段階は本書の範囲外なのだが、それをはっきり表明している点は、文章術の本として誠実だと思う。
たっぷりの「練習問題」
そのぶん、本書の狙う範囲内の練習はたっぷりと用意されている。パラグラフ・ライティングのアイディア自体は、さまざまな論文指南本に解説されているけれど、こんなふうに最初から最後まで実際の練習問題を通じて身につけることを意図した本は珍しい(最近はこの種の本のリサーチをしていないので自信はないけど、僕の知る範囲では初めてだ)。
そして、この練習をこなしていくと、「パラグラフ構造を作るとは、情報を整理することだ」「情報を整理するとは、情報の具体・抽象度のレベルを判定することだ」と強く実感する。何を中心文やまとめ文にして、何を支持文にするか。それは全て、その文の情報の抽象度のレベル判定をすることなのだ、と、手を動かすことで実感されるのだ。
さらに第二部では、狭義の「パラグラフ・ライティング」の解説を超えて、読者にわかりやすい文章を書くための配列や接続、文章の全体像と転換点の明示など、文と文、段落と段落の関係をスムーズにするための工夫もさまざまに紹介され、練習問題が用意されている。パラグラフ・ライティングの最重要な点が「読み手を迷わせない」ことにあることを踏まえれば、こうした技術の紹介も、筆者たちにとっては当然の判断だったのだろう。
高校生・大学生の自習にも!
本書のもう一つの特長は、高校生や大学生の自学自習にも使える体裁になっていることだ。欲を言えばもう一回り大きいサイズの判の方が使いやすいが、空欄も大きめに確保されて、直接書き込んで使えるようになっている。僕も全てではないけど半分以上は解きながら読んだ。このタイプの本は、サラッと眺めるのではなく、実際に解いてみて効果がわかる。
そういえば、著者の一人、松浦年男さんは、『自由研究 ようこそ!ことばの実験室へ』という、それこそ小学生から読めそうな楽しいプチ言語研究の本を出された方でもある。随分毛色の違う本だが、エンドユーザーを教師ではなく当事者(小学生、大学生)に置いている点では共通しているなあ。
今の仕事とどう接続する?を考えながら…
この本、僕が高校現代文教員だった頃だったら、おそらく授業でも使っていたと思う。実際、パラグラフ・ライティングを授業で教えていたし、ちょっと似たところもある野矢茂樹『論理トレーニング』も授業で使っていた。
しかし、現在の僕は、小学生相手ということもあり、「書き方」よりも「書きたい気持ち」「書くのが楽しい経験」の積み重ねに力点を置いている。また、結局のところ人は論理構成のわかりやすさよりも印象的なレトリックで動くのではないかとも考えているので、以前よりも「わかりやすい文章を書くこと」自体にあまり重きを置いていない。そういう意味で、本書は今の僕には少し距離のある本でもある。
でも、書くことの指導のアプローチは一つではない。書く意欲と内容が既にある人や、「わかりやすく書きたい」動機のある人にとって、本書は間違いなく優れたトレーニングブックだ。いま高校生と中学生の自分の子どもたちにも、いつか実際に解いてほしい本である。自分の今の仕事の先に、こういう論理構成のトレーニングがどういう形で接続してくるのか、イメージしながら仕事を続けていきたいと思う。