これは面白い本でした! 松浦年男『自由研究 ようこそ!ことばの実験室へ』は、言語学的なアプローチから言葉の奥深い世界を紹介する本だ。注目は、奥付の英題にLanguage Research Guide for Elementary Students とあること。その名の通り、言語を研究するためのガイドとして、小学生から高校生くらいまで使える本だし、国語の先生が授業のネタとして使うのもよい。身の回りにはこんなにたくさん、言葉を探究するタネが転がっているんだなあ。僕も今後ぜひ授業で使いたい一冊だ。これは買いです、買い。
目次
「ことばの時間」を作りたい…!
僕が受け持つ56年生の国語の授業は、「作家の時間」「読書家の時間」「ことばの時間」の三部だてで構成されている。このうち「ことばの時間」はいわゆる言語事項を扱う時間。でも、単に知識として文法事項を教えるだけでなく、少し遊び心も持ちながら、身の回りの言語を改めて見直し、「言葉って面白い!」と思う機会になればと願っている。具体的には、漢字の書き取り学習などもしつつ、「自分の漢字」について漢和辞典をじっくり引いて調べる時間をとったり、「カタルタ」という接続表現が書かれたトランプを使ってリレー小説を書いたり、みんながどんな一人称を使っているか&それはなぜかを考えたり、日本語と英語で語順が違うことを体感するカード並べをしてもらったり…。他に、ちょっとした細切れの時間に「『◯ん◯ん』となる4文字の言葉を集めよう」というのもやった。とにかく、単に読み書きの道具として言葉を使うのではなく、「言葉そのもの」に目を向けて、興味を持つ機会になればいい。「言葉で遊ぶ」「言葉と遊ぶ」ことを通して、言葉に親しみ、言葉に対する敏感な感覚を養うこと。そういう時間を通して、楽しみながら良き言葉の使い手に成長してほしい。そういう願いが僕にはある。
「楽しく言葉に興味を持つ」に最適の本
で、この『自由研究 ようこそ!ことばの実験室へ』は、「ことばの時間」のネタ本として書いてくれたのではないかと思うくらい、上記の目的にぴったりの本だ。扱われる言語現象は「『まさるくん』を略して呼ぶ時に「まくん」ではなく「まーくん」と呼ぶ」「コロコロに点々をつけてゴロゴロにしたらどう違う?」のような、身近で無意識に僕らがやっていることばかり。「単語のしくみ」「音のしくみ」「文・会話のしくみ」「さまざまなことば」の4章構成で、色々な観点から言葉について探究できる構成になっている。
他の言語学入門書との違いは?
もちろん、身近な言語そのものを探究する言語学の入門書は、これまでも多く刊行されてきた。僕がいまパッと頭に浮かぶのは次の2冊で、どちらも素晴らしい入門書だけど、もっともっとたくさんあるはずだ。
『自由研究 ようこそ!ことばの実験室へ』がこれらの本と違うのは、上記の本が身近な言語現象を題材に言葉の面白さを解説する素晴らしい入門書であるのに対して、本書は英題のLanguage Research Guide for Elementary Students のとおり、子どもたちに向けた「ことばの自由研究」のガイド本であるところ。考え方やまとめ方のヒントはある。けど、問いの答えはない。また、小学生からの利用を見越して、文字が大きく、行間が広く、ルビも豊富にふってある。中でも秀逸なのが、「調べ方」についても「頭で考える」「本や新聞などから集める」「まわりの言葉を観察する」「自分で作る」「インターネットを使う」と5つの分類があり、リサーチ手法についても目配りがされている点だ。「インターネットを使う」にはGoogle翻訳を使って調べる問いなどもあり、とても現代的。
風越の研修会でも使ってみたよ
この本、とても面白かったので、風越で一緒に国語の授業をつくっているさんだー(主担当は英語)に紹介したら、さんだーがさっそく国語の教科会の30分研修で「世界のことばの並び順はどうなってる?」をやってくれた。この本の例文の「犬が猫を見た」「猫が犬を見た」を、話者の多い言語で調べてみる研修だ。僕はベンガル語を担当したんだけど、Google翻訳で検索して並び順を考えるの、なかなかおもしろかった。研修のあとにみんなでこの本をパラパラ見てたら「くっつけることばは何が違う?」が話題になり、「お」がつく言葉(おみそ汁、お砂糖、おトイレ)と「ご」がつく言葉(ご飯、ご臨終、ご利益)の違いを考えたり、「お」「ご」の両方がつく言葉はないか、一時間くらい真剣に考えたのも面白かったな。そんなふうに、手を動かしたり、頭の中で考えたりしながら、言葉を様々な側面から考える研究のタネがたくさん詰まった本なのだ。
言葉の探究学習にも最適の本
最近は小学校から高校まで「探究」が流行だ。けれど、多くの場合、言葉は発表のための「ただの道具」扱いされてしまっている。言葉そのものを探究の対象にして、その入口に子どもたちを導くこの本は、これからどんどん色々な現場で使われていってほしいし、そうなるんじゃないかと予感する一冊だ。超おすすめ。僕たちみたいに、まずは国語の先生が同僚と一緒に遊ぶのがいいと思う。