[読書]小中学校の書写を教える先生や、人前で字を書く人におすすめ。松本仁志「筆順のはなし」

僕が子どもを学校に通わせることになって驚いたのが、漢字練習の負担の多さ。もちろん担当の先生の個人差もあるのだろうけど、授業中の漢字練習の時間だけでなく、毎日宿題にも出る。中学校になってやっと解放されるかと思いきや、なんとノートに毎日2ページの漢字練習の宿題が!しかも、筆順通りの点画で、一画目から順番に書く過程を再現しないといけないのだ…。見ていても超めんどくさそうだし、「漢字の宿題のせいで勉強時間がなくなる」と言っても過言ではない。

というわけで「漢字練習」、とりわけ「筆順」にはあまり良い印象を抱いていはいなかった僕ですが、この松本仁志「筆順のはなし」はとても良い本でした。今まで、「正しい」筆順があると思ってその通りに厳しく指導されていた方も、逆に(僕のように)「筆順なんて学問的に根拠ないんでしょ」と軽んじていた方も、どちらの方にもお薦めです。著者は書写教育を専門とする広島大学の先生なので、内容も信頼がおける。書写を担当される小中学校の先生や、人前で字を書くことを仕事にする方は、ぜひとも読んでおくべき本と言えるでしょう。

筆順、この不思議なもの

「筆順は、文科省(当時は文部省)があくまで代表的な例として示したもので、これ以外を間違いとするものではないとも書いているので、正しい筆順というものはない」という話は、国語教師の間ではけっこう知られている話だ。もしかして「同じ漢字でも日本と中国では筆順が違う」という話も知られているかも。

でも、文科省はなぜそのような「正解のない」もののはずの筆順に、指導の手引きを定めたのか、そもそも筆順って何なの?という話になると、知っている人は少ないのではないか。恥ずかしながら僕はこれまで書写を担当したことがない(勤務校では中学書写・高校書道は、基本的に専門の書家の先生が担当される)ので、こういう基本的な話をまるで知らなかった。

筆順について、歴史的経緯から理解できる本

そんな不勉強な僕でも、この本を読むと、ざっくり、次のようなことがわかる。素晴らしい。

  1. 文科省の「筆順指導の手引き」には何が書いてあるのか
  2. 筆順とはそもそも何なのか
  3. 筆順という概念はいつ生まれたのか
  4. これまで日本ではどのような筆順が提案されてきたのか
  5. これまでの筆順指導は、何を目的に、どんな立場からなされてきたか

読んでみると筆順と言っても様々な立場があることがわかる。元になっている篆書の字体や字義を優先するもの、書きやすさ(書き手にとっての覚えやすさ、スピード)を優先するもの、字の整えやすさ(見た目の美しさ)を優先するもの…。なるほど、これだけ立場が違えば統一するのは難しかろう。楷書が中心になって筆順指導の必要性が認識されてからも、なかなか統一されなかったのには、それなりの理由がある。そして、とりあえずの「統一」を試みた文科省の手引きにも、一定の意義があるのだ。

そして、こうした歴史を踏まえた上で、筆者が考える筆順指導のあり方について最後に提言がなされている。この流れを見たら、小中学校で書写指導をされる立場の方は、「買うしかない」と思うでしょう? 正解です、買うしかありません。

書写を教える人にはマストバイの一冊

筆者の立場は、文科省の定めた筆順が必ずしも「正解」ではないし、「テストのための筆順」になっては筆順指導の敗北だと戒めつつも、でも筆順の持つある程度の規則性や有効性を認め、それを実感させようという、しごく穏当なもの。まあ、納得である。実際にどれだけ書写や筆順指導に時間を割くかはさておき、この筆者の議論を読んでから判断すべきと思わされる、「基準」となる考え方だと思う。

ただ、個人的には、「この話が出てこないな」という不満も少しあった。最後に断り書きで触れられていたのだけど、この本の話は「縦書き・右利きを基本としている」のである。本当は、「そもそも手書きが減っている現代における書写指導の意義」「機能的とされている筆順が左利きにとってはそうではないこと」など、「ここが知りたい!」ということが触れられていなかったのだ。まあ、僕はこの種の本をまるで読んだことがなかったので、別の本で触れられているのでしょう。こういう問題は、書写を教えない人でも考えるべきだと思うので、ご存知の方、教えてください。

全体として、筆順指導をするための必要知識がコンパクトにまとめられていて、とても参考になるし、考えさせられる本。これを読めば「この筆順が正解ですからこれ以外はダメです!」なんてことも、「筆順には根拠がないから、書ければどうでもいい」なんてことも言えなくなるはず。国語(書写)を教える現役小中学校の先生にも、人前で文字を書くことを仕事にしている方にも、あるいは、厳しい筆順指導に苦しめられている(きた)人や、学校の先生の筆順間違いを喜んで指摘していたかつての小・中学生にも、ご一読をおすすめします。

動画「漢字テストのふしぎ」も必見

漢字学習については、「とめはね」「筆順」の問題を扱ったこんな動画も話題になりましたね。長野県梓川高校放送部「漢字テストのふしぎ」です。この本を読んでから改めて動画を見ると「うーん…」と思ってしまいます。文科省見解を示されても抵抗する長野県の先生たちの保守派っぷりも、この扱いなのに出演を認めた度量も際立つ作品。


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