直木賞を受賞した荻原浩「海の見える理髪店」を読んだ。家族を主題にした短編集。とりわけ、表題作の「海の見える理髪店」はいいな。
さまざまな色彩の短編集
6つの作品からなるこの短編集は「家族」や「喪失」というテーマがありながらも、語り手やそのおかれた境遇、語り口、作品をとりまく雰囲気などがそれぞれ異なっているのが特徴だ。だから、読者の好みによって好きな作品も分かれると思う。
一番の好みは表題作
僕の好みは、ほとんどが年老いた理髪師の一人語りですすむ表題作だ。鏡いっぱいに海がうつる、海の見える理髪店。隠れた名店といわれるそこを、口コミを頼りにおとずれた若い客。彼に向かって、理髪師は静かに、しかし饒舌に自分の人生を語り続ける。理髪師の素晴らしい腕と、客に配慮しながらも時折覗かせるプライドと、そしてゾッとさせるような静かな迫力をときおりにじませる語り口が、時に心地よく、時に重く胸に染み込んでくる。この男は何者なのだろう。なぜこのひなびた場所に一人で店を構えているんだろう。そう思いながら一気に読み進めてしまった。
僕はカズオ・イシグロの「日の名残り」も好きなのだけど、ああいう年老いた男のひとり語りが好きなのかも?
一つは好きな作品にあたるはず?
ほかだと、芸術家肌で痴呆のはじまっている母親に対する中年女性の確執を描く「いつか来た道」も良かった。娘を喪った悲しみがいつまでも癒えずに、成人式の日に代理出席しようとする夫婦のおかしさとかなしさを描く「成人式」も好き。ぼくの好みはこの3作品。どれも、「しみじみと静かな感動」路線なので、6作品も並ぶとやや食傷気味の気配もあるけれど、どれか好きな作品が一つでも見つかればいいんじゃないだろうか。僕は、短編集というのはそういうものだと思っている。