最近読んだちくまQブックスの2冊めは、片岡則夫『マイテーマの探し方』だ。片岡則夫さんは探究学習で有名な清教学園探究科の先生。「リブラリア」と呼ばれる学校図書館をベースに探究の授業を展開する学校を支えていて、僕も2014年に見学してお話をうかがったことがある(下記エントリ)。
図書館での探究学習を支える片岡さんが、探究学習の最も大事な核になる「テーマ探し」に焦点をあてて書いたのが本書である。探究が教育界の重要テーマになっているいま、タイムリーな出版となった。
文献調査を通じて、興味をテーマに育てる方法
本書の特徴は、タイトル通り「探究テーマをどう探すか」にかなりの紙幅をさいている点にある。作文と同じく、探究で最も難しいプロセスはテーマ探し。最初は「犬」「マリモ」などの単語からはじまる自分の興味を、どうやって研究に値する「探究テーマ」に育てていくか。この本の主題はそれだ。
ところで、「興味」を探究テーマに育てるには、個人的にはおおざっぱに2つの方法があるように感じている。一つは「問いづくり」の力量を高めることでテーマを見直し、深めていく方法。例えば、同じく探究学習で有名な玉川学園の『学びの技』や、ダン・ロスティン『たった一つを変えるだけ』は、オープン・クエスチョンとクローズド・クエスチョンを行ったり来たりしたり、ある程度機械的に様々なパターンの問いを作ったりして、問いを練り、自分の興味に対する独自の切り口を見つける方法が紹介されている。
もう一つが、その興味のある単語をまずは色々と文献で調べ、出会った情報や体験に対する自分の反応を確かめながら、テーマの輪郭をくっきりさせていく方法だ。片岡さんの本は、こちらの手法である。興味のある単語についてまずは調べる。そこで出会った資料の中で印象的だった文章を引用したり、わかったことを自分でまとめたり、それに対する自分の反応を区別して書いたりしながら、テーマに対する自分のコメント(=言葉にできる思い)を育てていくのである。この姿勢は、先日読んだ細川英雄『自分の〈ことば〉をつくる』に共通するものがある。
また、この時に、調べたことに対する自分のコメントを「アバター」の台詞として記録するのもユニークで効果的だ。情報収集という一見あじけない作業や、集めた情報と自分の意見との区別というややとっつきにくい作業が、このアバターがあることで、親しみのあるものになる。こういうちょっとしたコツは、現場で長年経験を積んできた筆者ならではだと思う。
「探究テーマ」に関する知見をギュッと濃縮
僕は片岡さんの過去のお仕事もいくつか拝見しているのだが、そこでの発想や知見の多くが、この本にも継承されている。探究を「航海」に例えるメタファーはずっと前のお仕事から存在し続けていたし、中学生に人気の探究テーマの一覧も、「ピース」を単位にした情報探索・拡充のしかたも、これまで片岡さんが模索し続けてきたものだ。その意味で、片岡さんの長年のお仕事がギュッとコンパクトにまとまった一冊という印象も受ける。今から片岡さんの仕事に触れたい人は、まずこの薄い本からでいい。薄いのに、長年の蓄積を背負った厚みがあるからだ。
もちろん、片岡さんのお仕事は、さらなる先達の業績を受け継いだものでもあるだろう。この本では「良い探究テーマの条件」や「研究テーマにならない問いの例」も掲げられているが、ここには、やはり探究テーマを扱った名著、日本図書館協会『問いをつくるスパイラル』や宅間紘一『はじめての論文作成術―問うことは生きること』の影響も垣間見える。総じて、探究テーマの設定をめぐるこれまでの知見をギュッと濃縮した一冊という印象が強い。
探究学習は、マイテーマ探しの道のり
この本は「テーマ探し」の本でありながら、実は、情報収集のやり方やフィールドワークのやり方にもそれぞれ1章割いている。それは、探究学習の全貌を見せるためでもあるかもしれないが、それでも「テーマ探し」の本として違和感がない。それは、情報収集を通じて「ピース」を作る作業や、フィールドワークをして人と出会う作業が、やはりテーマを深めるプロセスと重なるからだろう。最初の「テーマ設定」のフェーズだけでなく、こういう探究プロセスのすべてを通じて、「テーマ」は本当の意味で自分のもの=「マイテーマ」に育っていく。
「おわりに」では、この「マイテーマ」という言葉にこめた筆者の思いを知ることができて、非常に印象的だ。
一度や二度の探究学習で自分の将来が決まること、コトは簡単ではありません。しかし、自分で決めて進めた学び(主体的で自律的な学習)が積み重なると、不思議なことが起こるのです。気づかないうちに学んだあれこれが繋がり合って、読むべき本や会うべき人との出会いが生まれ、挑戦に値する大きなテーマが、あなたの前にその姿を現しはじめます。(p124)
筆者が探究学習を通じて育てようとする「マイテーマ」とは、一度や二度の探究学習のテーマではない。探究学習の繰り返しの先に、それこそ人生をかけて挑戦できるような大きなテーマ、自分とは何者か?という問いにつながるテーマが、その姿を現し始める。そこまでのビジョンを持った筆者による、薄いけど厚みのある本書。中高生向けレーベルの本だが、探究学習に関わる全ての人に届いてほしい一冊だ。