[読書]現代の教育の問題点に納得。神代健彦『「生存競争(サバイバル)」教育への反抗』

職場の同僚とやっている読書会(と言っても毎回ただの雑談になってしまうのだけど…)で読んだ本。経済界の要求に応えてコンピテンシーを育てようとする現代の教育の問題点を指摘した上で、教育を社会問題を解決する場ではなく、「世界との出会い」の場として捉え直そうと主張する本である。

納得、現状の教育の問題点

実のところ、論調としてはかなり好みの本だ。特に、現状の課題を指摘している点は相当に真っ当だと思う。筆者は、現代の教育熱心な家族(重教育家族)が、子どもの非認知能力を育成する「のびのび」と認知的学力を身につけさせる「きっちり」の非常に高度なバランスを取ることを求められていること、またそのような家族とは別の「軽教育家族」も存在して両者が分断する「緩やかな身分制社会」を形成していることを指摘する。また、私たちの社会が、「教育依存の社会」でもあることも指摘する。特に、コンピテンシー重視の教育論が、現実の社会の解決困難な課題の解決という、過剰な期待を子どもに押し付ける「美しくも残酷な教育論」(p125)であるという指摘には、強い説得力を感じる。確かに、予測不可能な未来社会で今はまだない課題を解決する人物に子どもを育てようとするなんて、大それた不可能な試みなのだ。

ここで面白かったのはオランダの教育学者ビースタのコンピテンシー教育論への批判だ。ビースタ曰く、コンピテンシー教育論はただの学習論であり、しかも子供達を、与えられた環境を自律的に掃除して回る「ロボット掃除機」のレベルに貶めているという(p172)。この比喩は卓抜で、元のビースタの著作『教えることの再発見』を読みたくなった。

社会から距離をとって世界と出会う

筆者はこうした現代の教育を全否定するわけではない。そういう側面が必要なことも認めている。その上で筆者が提言するのは、教育の役割を適切に縮小して、社会への適応ではなく「世界(コンテンツ)との出会い」の場にフォーカスすることである。例えば、国語であれば「豊かな日本語の世界に出会わせる」というように。こうした教育は、人々の消費の感性を育てて消費の側から経済に貢献しうる。

筆者のこの論を読んだ時の僕の率直な感想は、「こんな当たり前のことを言うのに理論武装が必要なのか」という驚きだった。これは皮肉でもなんでもない。僕のように、(教育学部出身ではなく)教科内容への関心から教員になった人には、筆者の論は非常に耳に心地よく、時に当たり前に聞こえるだろう。「役に立つ・立たない」ではなく「世界と出会う」。その「世界」の魅力に惹かれて教員になった人が、中学以上の、特に高校教員では多いだろうから。

また、世界と出会うことを通じて消費の感性を育てる、というのもその通りに思える。例えば僕が国語のライティング・ワークショップの授業で子供達にたくさん読み、書いてもらうのは、別に彼らを作家に育てたいからではない。自分で書くことを通じて、自己を作り出すこと、そして書くことを通じて読む視点を養い、より良い読み手になること、それを目指しているのだ。僕も生徒たちに、「自分の好みを一旦脇に置いて、好みではない作品の魅力を語れるようになること」を期待してしまう。そうすることで、僕たちの言語共同体がより豊かになることを信じているからである。これは、筆者のいう「消費者」を育てることと同一なのだと思う。

とても「好み」の教育論なのだけど…

と言うわけで、もともと教えたがりで教科教育の枠組みが強固な僕にとって、基本的にはとても好みの本である。ただ、自分好みなだけに、一歩引いて眺めてしまうところもある。例えば筆者は、教科の役割を

人間は学問という形で世界についての知を集積してきた。そして教科とは、その学問を「親」にもち、学問を子どもに分かち伝えることを目的として、世界と子どもが出会うことを可能にする「入り口」「通路」にほかならない。教科は、社会に対して閉じられた無駄な知ではなく、子どもたちの前におかれた世界への「とびら」である。

と述べているけれど、本当に子どもたちにとって最適な「とびら」が「教科」という枠組みなのかどうかの論証はない。例えば、「生活科」やプロジェクト学習は、子供達にとっての最適の扉が教科ではない可能性も示唆しているのだけど、そのような言及はない。これに加えて、子供達がどうしたらより良く「世界と出会う」ことができるのかという実践上の問いについても、本書は答えてくれない(もっとも、この本は実践の本ではないので、最初からそこは守備範囲外なのだとは思うけれど)。

というわけで、基本的にはとても好みの本なのだけど、それだけにこの本だけ読んでいると僕の信念を強化してしまう危険も感じる一冊だな、という感じ。でも、現状分析はとても納得した。とりあえず、ビースタはめっちゃ読んでみたい。

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