これはいい本だ。渡辺貴裕『小学校の模擬授業とリフレクションで学ぶ授業づくりの考え方』には、教師が自分で成長していくにはどう学んでいくといいのかを考えるヒントがたくさんある。中核はタイトルにある「模擬授業」だが、同じ模擬授業でもどんな視点でどう取り扱うかで僕ら教師の成長はまるで違ってくるはずであり、本書の力点はその視点を提供することにある。僕のような現役教師はもちろん、若手教師を育てる立場にある人(校内研究を主導する人)や各教育委員会の指導主事レベルの人は必読の本ではないか、と思う。読み物として楽しめるし、わかりやすいかたちで重要な論点を出して、考えるための参考文献まで提示してくれている、すばらしい本だ。「小学校の」とついているので色々な科目の授業が扱われてはいるが、それはほぼ関係ない。僕のような国語教師でもOKです。
全部で8つ!紙上の「模擬授業検討会」
本書をひとことで言えば「一人でも誰かと一緒でも読める、紙上模擬授業検討会」だ。教科も学年もばらばらな全部で8つ(+付録2つ)の模擬授業が収録されていて、それぞれ、①「試みる」(模擬授業をやってみる)→②「かえりみる」(参加者で模擬授業をふりかえる)→③「深める」(助言役「わたあめ先生」による視点の提示)→④「広げる」(視点の提示を受けたディスカッション)→⑤クロージング(「わたあめ先生」によるまとめ、例題、参考書籍の紹介)という形式で展開されている。
加えて、セッションとセッションの間には、教員や教師教育者向けを想定して書かれた「ミニレクチャー」がはさまり、個々の模擬授業から少し離れて、もう少し広い視野で、模擬授業自体の意味や運営の仕方、模擬授業と実際の授業の違い、模擬授業以外の学び方まで、教師の成長に資するさまざまな解説がなされている。
タイトルが、『小学校の模擬授業とリフレクションで学ぶ授業づくり』ではなく、『〜の考え方』がついていることからもわかるように、「こういう模擬授業やリフレクションをするとこんな授業がつくれますよ」という本ではない。それよりもオープンエンドに、現役教師であれば自分がいま目の前に受け持っている授業のことを思い出しながら読めるようになっている。だから、おそらく最も念頭におかれた教師教育者はもちろん、新米教師であっても、ベテランであっても、読んで得るところのある本だと思う。ちなみに参考書籍も読みながら3冊注文した。
自分の授業に反応する「癖」がわかる
個人的に読んでいて面白かったのは、さまざまな教科の模擬授業を読むことを通して、自分が授業で注目するポイントに自覚的になることだ。自分の場合は(本書を読んであらためて実感したのだけど)子どもへの関心よりもコンテンツへの関心が強い人間なので、8つあるセッションのうち国語を扱った2つのセッションと他のセッションでは、自分の反応や気になるポイントが違う。
たとえば、模擬授業の「試みる」を読んでいる段階で、国語の授業に関しては「この授業はどうなんだろう?」みたいな懐疑的感覚があった。「比喩(直喩)」に注目した小2国語の模擬授業(セッション4)では、「このやり方だと、比喩としての面白さをほとんど殺しちゃうんじゃないかな?」ということが気になるし、アクロスティックづくりを通して話し合い活動をする小4国語の模擬授業(セッション7)でも「アクロスティックづくりの面白さは、本質的に話し合い活動とは結びつきにくいんじゃないか?」みたいなことが最初から気になっていた。このへんは自分なりに「比喩」や「アクロスティック」に対して掴んでいる理解があり、そこが起点になって生じた違和感だった。この点、やはり国語教師なんだなーと思う。だから僕はそもそもこういう授業はしないけど、それはやはり(模擬授業の場に想定されている小学校の先生よりも)教科内容に関する知識があるからだろう。
逆に、僕の場合、他教科の授業だと、教科内容に関する知識がないのでそういうこともあまり気づかずに「なかなか頑張ってる授業じゃないのかな〜」みたいにさらっと素直に読んでしまう(笑) 特に子どもの感情とか、本書では、授業後の「かえりみる」フェーズで、参加の生徒役の子からいろんな違和感が出てくるので、それで気づくことも多かった。
いきなり「改善案」にいくのではなく…
さっきの国語の話にもどると、この本でも何度か言及されているけど、授業を見ていると、特に経験の浅い方の授業を見ていると、「こうした方がいいんじゃ…」という改善案は、本当にすぐ頭に浮かんでくるもの。だけど、その改善案を授業のあとのふりかえりですぐに出してしまうと、相手の反応も防御的になるし、そうなった上でのやりとりはお互いの信念をぶつけあうことにしかならない…というのは、僕にとっても「あるある」話。事実の共有のあとにいきなり改善案にいくのではなく、それをもう一段深い文脈で、コルトハーヘンのALACTモデルにおける「本質的な諸相への気づき」(Awareness of essential aspects)を見つけることの大切さ。本書ではその役を「わたあめ先生」が担ってくれ、そのおかげで、本書の事例がどの現場にいる教員にとっても身近な、心当たりのあるものになっている。
模擬授業への「なんだかな」感も払拭!
実は、僕はずっと「模擬授業」というものへの「なんだかなあ…」感を持っていた。もともと教育学部出身でもない僕の模擬授業初体験は、私立中高の選考プロセスという特殊なシチュエーション。「立派な大人相手に、中学生に話しかけるように話すのって、へんじゃない…?」みたいな違和感満載で、どういう口調で話すのが正解なのかわからないまま終わった(しかもその学校の選考は落ちた)という原体験があって、しかもそれしかまともな体験がない。だから、「模擬」授業という営みそのものにあまり積極的になれなかったのだ。これまでずっと自分を育ててくれた勉強会の中でも、今度やってみたい活動を試しにやってみることはあっても、模擬授業という形式はとってこなかったと思う。
でも、この本を読んで「模擬授業」に対して前向きになれたな。というか、教師が自ら(本当はなれっこない)子どもの立場に意識的に身を置いてみることに価値があるのだな。それは「わざと子どもっぽくふるまう「もどき」」ではなく、自分の経験や前提知識を傍に置いて「他者の靴を履く」行為なんだという基本的なことに気付かされた。本書ではそれはミニレクチャー2の「子ども役になるということ」という箇所で丁寧に書かれている。子ども役をつとめる教師が「知っている、わかっていることを意識的に保留すること」「生徒役の立場で感情をはたらかせること」自体が、効果的な営みなんだな。
もともとが教科内容に関心が強いタイプの僕にとっては、こういうふうに意識的に子どもの立場に身を置いてみることは、いいトレーニングになる気がする。いま思えば、東京に暮らしていた頃に、渡辺先生の対話型模擬授業検討会とか、もっとのぞいておけばよかった…と、もったいないことしたな、と思う。本書が面白かったので、東京学芸大学の学生さんたちが公開した「対話型模擬授業検討会」についての報告書もダウンロードして読んでみたが、興味のある方はこちらもあわせてどうぞ。
「対話型模擬授業検討会」の実演とそれをめぐって(報告書)/PDFファイル
というわけで、これはきっと何度か読み返したくなる本だと思います。さらっと読みやすいのに、提示される考え方も、参考文献も、知識や経験が蓄積された広大な世界を背後に感じる本。実も蓋もない言い方をすると、「教師教育学が専門っていうのはこういうことなのか、すごい!」と思うくらい、とても良い本でした!




コメントを残す