[読書]無言で豊かな意味を誘いだす、字のない絵本。ガブリエル・バンサン『たまご』

先日、受け持ちクラスで時間が中途半端にできたので、『時をさまようタック』ブッククラブの前に、急遽、ガブリエル・バンサンの『たまご』を読み聞かせた。この絵本を読むのは久しぶりだったのだけど、子どもたちの反応もとても良かったので、あらためて、素晴らしい絵本だと感じた。そして、バンサンの本のブッククラブ、やりたいなと思った。忘れないうちにメモしておく。

これは傑作!「意味」を誘い出す、文字のない絵本

ガブリエル・バンサン(1928-2000)はベルギー出身の画家・絵本作家(画家としては本名のモニック・マルタン名義で活動していた)。1983年に刊行された『たまご』は、広大な砂漠の中に、ある日、人間をはるかに超える大きさの、巨大な卵が現れるところからはじまる。最初はおそるおそる、この巨大な卵に近づく人間たち。やがて、この卵は周囲の人の見世物となり、テレビ中継もされて見物の車が集まり、周囲に建物もたちはじめる。そして、その中で卵から巨大なヒナがかえる…。

この奇想天外なストーリーを、バンサンは薄暗い闇をかかえる木炭の絵だけで描き出す。文字は一切ない。ページをめくるごとに、「次はどうなるか」と想像したくなる本だ。先週読み聞かせ(いや、読んでいない)したときも、子どもたちの目がページに釘付けになっていた。

ヒナがかえったあと、人間はそのヒナに対して、ある行動をとる。そして、それを受けて、そのヒナの親鳥と思われる巨大な鳥が、人間に対してある行動をとる。その「行動」が記されたラストシーンは、読む人に「え?」という戸惑いを生むだろう。この結末、何を意味しているの?と。この行動は何なのか、物語はハッピーエンドなのか、そうでないのか。読んでいて、自然と「意味」が誘い出される、ものすごい力を持ったテクストだ。今回、小学生には難しいかな?とやや危惧もしながら読んだのだけど、子どもたちは「どういうこと?」と自然に話をはじめていた。読むと思わず自分なりの「意味」を語りたくなる、まぎれもない傑作と言っていい。

授業でも繰り返し使いたくなる本

僕は前任校で、この『たまご』を使った授業をするのが好きだった。Kさん、Iさんの司書名コンビに協力してもらい、公共図書館から22冊の『たまご』を借りてもらって。ブログの過去ログを検索したら2014年のことだから、もう7年も前のことなのだ(下記エントリ参照)。

文字のない絵本を読んでいる

2014.10.09

この時は、最終的に、「読むとはどういう営みか」をメタ的に議論するための素材として使わせてもらった。今思うと、賢くてメタな議論が好きな子たち相手だからできた授業だったかも。今は、そういうメタな議論を展開するよりも、このバンサンの世界を丁寧に味わってみたい。いまはちょうど『時をさまようタック』のブッククラブ中だけど、この絵本でのブッククラブもやってみたいな。

他にも心をひかれる、バンサンの作品たち

絵本作家ガブリエル・バンサンの名は、一般に『アンジュール』のほうが知られている。捨てられた犬の放浪を描く、鉛筆だけの、こちらも文字のない絵本だ(アンジュールって、犬の名前だとずうっと思っていたのだけど、フランス語のUn jour「ある日」という意味なんですね…)。こちらは『たまご』よりもストーリーの骨格が目にみえやすい。感動する絵本だと語られる事が多いけど、僕はどちらかというと、時おりこの犬が見せる、いかにも犬らしい仕草にユーモアを感じて、くすっとしてしまう。

僕が他に読んでいるのは、「くまのアーネストおじさん」シリーズ。こちらは小さなねずみの女の子セレスティーヌと、彼女と同居しているくまのアーネストの交流を描いた、水彩画の作品群だ。第一作は『かえってきたおにんぎょう』。でも、二人の出会いは『セレスティーヌ』で描かれていて、こちらから読むのも良いと思う。

このシリーズ、シリーズを通じて甘えん坊のセレスティーヌに「やれやれ」という感じでつきあうアーネストのやりとりがかわいらしく、そして、二人が深い信頼と愛情で結ばれている場面に、思いがけず心を打たれる。セレスティーヌが自分の出生の秘密を知りたがり、アーネストがついにそれを語る最終話の『セレスティーヌの生いたち』は、それまでのシリーズを読んできた人には感動的な作品だ。これは、結果としてバンサンの生前最後の作品にもなった。

この週末、バンサンの死後に刊行された本『絵本作家ガブリエル・バンサン』を読んだ。バンサンの生涯と仕事について知りたい人には、うってつけの一冊だ。バンサンの絵本は40冊以上が全てBL出版から刊行されていて、僕がまだ読んだことのない作品もたくさんある。一度、全てを読んでみたいと思う作家だ。

バンサンの絵本に通底する、やさしさと厳しさと深さ。静かにしみじみと、こちらに訴えてくる声。僕は、それを味わえる代表作として、今の時点では『アンジュール』よりも『たまご』をすすめたい(アーネストとセレスティーヌのシリーズも素敵だけど、一冊を選ぶなら)。風越の子たちと、ガブリエル・バンサンの作品群を一緒に読むことができたらいいな。ちょうど風越にはモーリス・センダックの専門家もいるので、一人の絵本作家の作品を読み続けるプロジェクトもいつか提案してみたい。

 

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