Chromebookで書く時も、紙の「作家ノート」は役に立つのか?

軽井沢風越学園の「作家の時間」、どの学年も原稿を書くのがひと段落して、これからは自己評価のインタビューやスタッフからの評価のまとめに入るところ。僕が受け持つ6・7年も、物語(ショートストーリー)を書き終えて、これから6月からの読み手・書き手としての自己評価に入っていく。先週の土日は子供たちの作品を読んで最終チェックのコメントを入れるのに大忙しだったのだけど、そのぶん「次はこうした方がいいな」や「ここをこうしておけば…」も含めた、授業のリフレクションも頭に浮かんでくる。今日はその中から、原稿を書くのに使う紙のノート、いわゆる「作家ノート」について。Chromebookを使って原稿を書くときの、「作家ノート」の役割ってなんだろう?

目次

風越学園では、Chromebookで書く機会が多い

風越では、小3以上(後期)の子が一人一台のChromebookを持っているので、「作家の時間」でもキーボードを使う子が多い。僕の受け持つ6・7年生も、基本的にはキーボードを使って作品を書き上げている。もっとも、あまり早いうちからキーボード中心になると手書きの機会が極端に減ることも確か。後期国語担当スタッフのミーティングでは、手書き経験を保証する観点から、手書き指定をするジャンルを作ろうという声も上がっているところ。

で、Chromebookで書くのが当たり前になると、微妙な立ち位置になるのが紙の「作家ノート」の存在だ。『ライティング・ワークショップ』『作家の時間』などの各種関連本では、使うことが当たり前の作家ノート。書きたいことをリストにしたり、メモ書きをしたり、下書きをしたりするのに使う紙のノートである。

しかし、最終的なアウトプットがgoogleドキュメントになると、そもそも「作家ノートを使おう」という発想自体が子供達の中から消えてしまう。おそらく「作家ノートを使うのも使わないのも選んでいいよ」と最初に選択を委ねると、単に面倒くさくてChromebookだけを使って書こうとする子が大半だろう。でも、それでは「自分の意思による選択」とはとても呼べない。

というわけで、今は「作家ノートを使おう」という呼びかけを積極的にしている。作家ノートの良いサンプルを写真に撮って、動画のミニレッスンも作った。作家ノートを推奨する理由としては、僕自身も、自分で作品を書くときには、アイディアを練り、構想する段階では作家ノートを使っていることも大きい。ちなみに、僕の作家ノートは、携帯性と立ったままでの書きやすさを重視して測量野帳。これ、本当におすすめです。

アイディア構想段階での作家ノートの強み

では、生徒は、どんな風に作家ノートを使っている/使っていないのだろう?実際の様子を見てみると、作家ノートをうまく使う生徒はけっこういる。特に、一番使われるのはやはり書き始める前の、アイディアを構想する段階だ。キャラクターの絵を描く子。5W1Hなどの要素を書いては線で消して、構想を練る子。歴史物を書いている男子は人物相関図を顔のイラスト入りで描いていた。丸で囲んだり、線で繋いだり、矢印を使って関係を図示したり….構想段階で「絵」や「図」を使って考えられるのは、Chromebookにはない作家ノートの大きな強みだ(まあ、iPadとApple Pencilがあればできるけど、紙の方が断然安い)。

執筆段階でも紙のノートを活用する

アイディアの構想段階が終わって執筆に入ると、多くの子はChromebookに向かって、作家ノートを使わなくなる。でも、その段階でも作家ノートを使うことに意味はあるし、有効に使っている子もいる。

手書きの方が流暢に書ける

例えば、まだ6・7年生の子たちには、手書きの方が流暢に書ける子も少なくない。今回、これまでになく多い分量を作家ノートを使って書く子がいて、「自分はキーボードを打つのが遅いから、作家ノートの方が考えたことをたくさん書ける」と言っていた。キーボード経験が浅いうちは、手書きの作家ノートは強力な武器になるだろう(逆に言うと、この子たちはキーボード経験を積めばいずれ作家ノートを使わなくなるかもしれない)。

執筆と構想を切り分けられる

もっと積極的な理由で、執筆段階でも作家ノートを使い続ける子もいる。理由や活用の仕方はさまざまだ。ある女の子は、完成まで、最後の清書以外はほぼ作家ノートを使っていた。セオリー通りに一行おきに文章を書いて、その余白に後から表現を付け足したり、書きながらイラストを添えたりしている。この子は、原稿を書いていたと思えば、それを一旦やめてまたキャラクター設定の確認に戻ったりして、作家ノートを使いこなしている印象だった。

また、パソコンで書いていても、時おり作家ノートに戻る子もいる。基本的にはパソコンで書き続けるのだけど、迷ったことがあると、作家ノートに戻って、その問題についてメモ書きをするのだ。これはかなり有効な戦略だなと感じた。文章を書きながら構想は練られ続けているので、基本的に「書く」ことと「構想を練る」ことは同時に行われており、この認知的負荷は子どもにとってけっこう重い。これを切り分けて、「書く」ことにはパソコンを使い、構想を練るのに専念したい時には作家ノートを使うわけだ。

迷った時ほど疲れて無駄なネットサーフィンに逃避しやすいのも事実で、でも紙の作家ノートを使えば集中できる。僕も今回のカンファランスでは、執筆途中のパソコンの画面を前にじっと固まってしまう子には、何について悩んでいるのか聞いて問題を明確にし、「いったん作家ノートに戻ってその問題に絞って考えてみようか」と呼びかけることが何度かあった。

一緒に書きやすい

もう一つ感じる紙のノートのメリットは、スタッフが「一緒に書きやすい」こと。中盤から終盤、行き詰まって一人では進めない子に対して、あれこれ聞き取りをしながら、その内容を作家ノートにメモ書きしていく。Chromebookの原稿ファイルでもできなくはないけど、そこは書き手の専用フィールドという感じがするので、共同作業場としては作家ノートの方がよほど気楽に使える。

作家ノートのメリットは認知的負荷を減らせること

いくつか書いてきたけど、今回の物語を書くサイクルを終えて思うのは、作家ノートのメリットは認知的負荷を減らせることに尽きるということ。下記エントリで書いたように、書くことはもともととても認知的負荷が重い作業である。特に、ワーキングメモリーの容量が少ない小学生の段階では。

書くことはこんなにたいへん! 書くことのモデル図から。

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その認知的負荷の重さを、作家ノートは、「汚く・気軽に」メモ書きすることで軽減してくれる。絵や記号、図を使えて、箇条書きでメモ書きもできて、書いたものは消しゴムで消さずにぐしゃぐしゃに線で消しておけばOK。考えながら書くことがもたらす認知的負荷を、「考える」と「書く」を切り離し、「考える」を気軽に&汚く形にすることで記憶や思考の負担を軽減し、脳のワーキングメモリを確保する。それが、Chromebookを使ってもなお重要な作家ノートの役割ではないかな。

逆にいうと、認知能力が成長と経験によって強化されて、書く作業の負荷が軽くなるなら、作家ノートがなくても(全部頭の中で考えながら)書けるよ、という子は増えるかもしれない。

書くのが苦手な子は作家ノートを使えない?

また、今回の授業では、書くことが苦手な子に「作家ノートを使わない」タイプが多いことにも気づいた。とはいえもちろん、「作家ノートを使わないから書けない」と安直に結論づけることはできない。そもそも忘れ物がどうしても多くて、ノートを毎回持ってこられない子もいる。これは別種のトレーニングがいるだろう。また、頭の中で全部組み立ててからそれを形にしたくて、ノートに汚く書くことへの心理的抵抗が強い子もいる。この子にはどう働きかけるといいのかあれこれ考えている。原因はいろいろだけど、でも「文章を書くのが苦手」なことと、「作家ノートを使わない(使えない)」ことの間に、何らかの関係はあるなあ…というのが今の個人的実感。ここも今後考えていきたいな。

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