書くことはこんなにたいへん! 書くことのモデル図から。

書くことに苦手意識を持つ人は多い。そこから一足跳びに「すべて国語教育が悪い」と言ってしまってもいいのだけど、その前に、そもそも書くことはとても複雑でたいへんな営みなんだということを再認識しておこう。2年近く前に「書くことはそれだけで「挑戦」」というエントリ(下記)を書いたけど、今日はその話題について別の角度から書いてみたい。

書くことはそれだけで「挑戦」

2014.10.24

目次

Hayesによる書くことの認知モデルの研究

1980年代以降、心理学系の研究者たちによって書くことの認知モデルの研究が進み、「書く」ということが一体どういうプロセスなのかにについての認識が深まっている。下記の図は、そうした研究の牽引者の一人であるHayes(2012)による最新のモデル図だ。Flowerという研究者と一緒に1980年に有名なモデル図を発表した彼は、その後もライティング研究の成果を取り入れながらモデルの改定を行い(Hayes, 1996)、現在のモデルに至っている。

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書くことの最新のモデル図

この2012年の最新のモデルで、Hayes (2012)は書くことを「プロセス・モデル」「コントロール・モデル」「リソース・レベル」の3つのレベルで捉えている。この3つをそれぞれ見てみよう。

全体を統括する「コントロール・レベル」

「コントロール・レベル」は、書くというプロセス全体を統括する部分のことだ。書き手は、まず書きたいという動機に支えられて、書くことのゴールを設定する。そしてとりあえずのプランや枠組みを設定する。このような見通しの元で、書くという作業を行うのである。

実際に書く作業を進める「プロセス・レベル」

モデル図の真ん中にあるのが、実際に書く作業を進める「プロセス・レベル」。ここでは、書き手は自分を取り巻く外部の様々な環境(task environment)に応じながら、実際に書くという行為を進めていく

自分を取りまく環境としては、

  1. 協力者の存在、批評家の存在
  2. 材料となる課題や書くためのプラン
  3. 書くためのテクノロジー
  4. これまで書いてきた文章

などが考えられ、書き手はこれらの影響を受けながら書く作業を進めていくわけだ。

書く経験の豊富な読者の方は、自分が書いてきたことを振り返ると、確かに「与えられた課題や条件」の内容を考慮したり、他人のアドバイスを取り入れたり、何らかのテクノロジーを使って書いたり(鉛筆で書くのとパソコンのアウトラインプロセッサを使って書くのでは、書き方にも影響が出る)してきた、ということに思い当たると思う。

人は、こうした外部の環境と相談しながら文章を書いていく。その文章を書く作業は「propose(アイデアを出す)」「evaluate(それを評価する)」「translate」(文章表現に移す)「transcribe」(実際に書く)というプロセスとして表現される。

なお、ここでは、plan(計画を立てる)やrevise(推敲する)といった「書くプロセス」と言えば鉄板の用語があえて入っていない。これらの要素は、昔のモデル(Flower & hayes, 1980. 下図参照)では入っていたのだけど、その後の研究の進展で、planningもrevisionも書くプロセスのどの段階でも起こりうることという見方が有力になったため、なくなったものだ。
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書くことを支える「リソース・レベル」

以上のような書く作業を支えるのが、書くために必要な様々な知識である。これが最後の「リソース・レベル」。書くためにはワーキングメモリーを働かせて上記のような多くの課題を処理しなければいけないし、長期記憶に、書くための様々な知識を保有していないといけない。これは、一般的に書くときに必要な文法的知識や様々な慣習だけでなく、書くコンテンツの内容についての知識も含まれている。(なお、残りのattentionとreadingはこのモデルからつけ加わった要素なのだけど、何も説明がないのでよくわからない。自分の興味関心やこれまで読んできた文章がリソースとして働くということかな?)

書くことはこんなに複雑な営み

さて、以上をまとめると、次のようになる。

文章を書くためには、まずモチベーションを保ちつつ、適切な目標を設定して全体のプロセスを自己管理する(コントロール・レベル)。その管理下で、書くことに影響する周囲の様々な環境と相談しながら、アイデアを考え、評価し、それを実際に文字に表現しながら文章を書いていく(プロセス・レベル)。そしてその際に、自分が持っている様々な知識を使わないといけないし、また同時に使えるような知識を増やしていけなくてはいけない(リソース・レベル)。

…いやあ、大変じゃないですかこれ。これを知ると、「どうして自分は書くのが下手なのか」と嘆くよりも、「書くっていうのはこんなに大変なことにチャレンジすることなんだ」という認識をまず持っておく方が、精神的にも良さそうだ。書くことは、考えたり伝えたりするためのとてもパワフルな手段ではあるが、こんなに大変で、そもそも一朝一夕で身につくことでもないのだ、という認識を。

だから教える側も、あまり早く上達を求めるのはやめよう。毎日の授業で読み書きに膨大な時間をあてているあのナンシー・アトウェルでさえ、「毎日書いたとしても、書くことの熟達はとても時間のかかるプロセス」(In the Middle, p28)と述懐しているほどである(関連記事参照)。

[ITM]僕たちがアトウェルから学べる8つのこと

2015.06.15

続きのエントリ

小学生はどこまで書ける? 書くことの発達段階のモデル

2016.08.08

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