前回の下記エントリ、おかげさまで大勢の方に読んでもらえて、僕もfacebookで関連の話題に参加させていただいた。
各種データが示す日本の児童生徒の読書傾向を先に述べると、「今の子どもは以前に比べると読書しているけど、高校生になると一気に読まなくなる」のが特徴だ。課題は、高校生の「読書クライシス」と言ってもいい状況にある。
目次
全国学校図書館協議会「学校読書調査」(2016)
まず押さえておくべき代表的資料は、全国学校図書館協議会(全国SLA)が毎日新聞と行う「学校読書調査」。2016年で第62回を迎える歴史ある調査なので、経年比較に便利な資料だ。
全国学校図書館協議会(2016)「第62回学校読書調査」
http://www.j-sla.or.jp/material/research/54-1.html
リンク先のグラフを読むと、小学生・中学生の平均読書冊数は30年前よりも大幅に増えており(1986年6.0冊→2016年11.4冊)、中学生も同様に増加(1.8冊→4.2冊)、高校生もほぼ同程度の水準(1.3冊→1.4冊)で推移している。
同様に、不読者(一ヶ月で一冊も本を読まない児童・生徒)の割合についても、小学生(1986年9.7%→4.0%)、中学生(43.5%→15.4%)はともに減少しており、高校生はやはり30年前と同水準を保っている(55.6%→57.1%)。
この資料からわかるのは、
- 最近の若者は30年前よりも本を読んでいる
- 2000年代になって読書状況は改善した
- ただし、高校生は30年前と同水準
ということだ。全体として、「最近の若者は本を読まない」は根拠のない俗論であることがわかる。「青少年犯罪の凶悪化」みたいなもんですかね。なお。「若者の活字離れ」論が根拠がない議論であることは、以前に紹介した下記エントリの資料にも詳細な説明があるのでどうぞ。
2000年代の読書状況改善の理由
読書状況が急速に改善している2000年代には、以下のような動きがあった。
- 1997年の学校図書館法改正により2004年以降は一定の規模以上の学校では司書教諭の配置が必須となった
- 2000年が「子ども読書年」だった
- 2001年に文科省の『21世紀教育新生プラン』で朝の読書活動が推進された
- 2004年の文化審議会答申『これからの時代に求められる国語力について』で読書活動の在り方について提言された
文科省(2001)『21世紀教育新生プラン』
http://www.mext.go.jp/a_menu/shougai/21plan/main_b2.htm
文部科学省(2004)『これからの時代に求められる国語力について』
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/toushin/04020301/015.pdf
こうした動きを背景にした各学校の取り組みが功を奏して、2000年代に小・中学生の読書を推進したのかもしれない。特に「朝読」は影響が大きかったんじゃないかな?
文化庁「国語に関する世論調査」(2013)
文化庁では毎年テーマを決めて国語に関する世論調査を行っている。2000年代では、平成14年(2002年)平成20年(2008年)、平成25年(2013年)に読書についての世論調査が行われている。
文化庁「国語に関する世論調査」(2002)
http://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/kokugo_yoronchosa/h14/
文化庁「国語に関する世論調査」(2008)
http://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/kokugo_yoronchosa/h20/
文化庁「国語に関する世論調査」(2013)
http://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/kokugo_yoronchosa/pdf/h25_chosa_kekka.pdf
直近の2013年に過去の調査との比較もあるので、ここではそれを見よう。
16歳以上が対象の調査なので、高校生以上についての話となるが、
- 「月に一冊も読まない」不読者は、全体的に増加傾向
- 不読率が特に高いのは60代以上
- 10代〜40代で見ると、10代(16歳〜19歳)の不読率が高い
という傾向がうかがえる。一番読まないのは高齢者なわけだが、この調査でも高校生世代の不読率が高いのはやはり気になるところだ。
文科省「地域における読書活動推進のための体制整備に関する調査研究」(2016)
こちらは最新の2016年の調査結果。小中高校生及び保護者を対象にしたアンケート。ファイルがいくつかあるので、長いという人は「概要」のファイルだけでもダウンロードしてみよう。
地域における読書活動推進のための体制整備に関する調査研究
http://www.kodomodokusyo.go.jp/happyou/datas.html?page=1
全国学校図書館協議会の「学校読書調査」と同じく、小中学生と高校生の間で大きなギャップがあることがわかる、なかなか衝撃的なデータ。例えばこんなことがわかる。
- 小・中学生では、平日に全く読書をしない人の割合は1割未満だが、高校生では半数以上
- 小学生は半数以上が月に5冊以上の本を読んでいるが、高校生の半数以上が月に一冊も読んでいない
この落差はすごい。なぜ高校生になるとこんなに本を読まなくなってしまうのだろう?
高校生が本を読まない理由
そんな質問に答えるべく?、この調査は「なぜ本を読まないのか」「どうすれば本を読みたくなるか」という調査もしていて、興味深い。
Q. 1か月に本を1冊も読まなかった生徒が本を読まなかった理由(高校生、複数回答)
- ふだんから本を読まないから(46.8%)
- 勉強で時間がなかったから(39.9%)
- 部活動や生徒会等で時間がなかったから(36.9%)
と、読書習慣がないことに加え、勉強や部活動などで多忙な様子がうかがえる。
一斉読書の時間の効果
また、この調査でもう一つ興味深いのは学校で強制的に本をよむ「一斉読書」の時間の効果についてである。一ヶ月に一冊以上読んでいる小・中学生へのアンケートで、「本を読むことについてこれまで影響を受けたと思うこと」をあげてもらうと、小・中学生のいずれも「学校で行われている読書に関する取組(いっせい読書の時間など)」がトップの理由となっている。
同時に、「どうすればもっと本を読むようになると思うか」という問いに対して、高校生があげているのが、
Q. どうすればもっと本を読むようになると思うか(高校生、複数回答)
- 学校図書館(図書室)に高校生が好む本を置くようにする(37.1%)
- 学校で生徒みんなが必ず読書する時間をつくる(時間を増やす)(36.6%)
- 学校の図書館(図書室)の居心地をよくする(33.9%)
という内容で、ここでも小・中学生で効果をあげている「読書の時間」が、学校図書館の充実とともに上位に食い込んでいる。
実際に高校がやっている読書指導は?
では、高校ではどんな読書推進の取り組みをしているのだろうか?公立高校への調査で、上位回答は次のようになっている。
Q. 公立高等学校における取り組み
- 本の紹介・PR の強化、図書便り等の発行(70.3%)
- 読書感想文等コンクールへの参加(47.4%)
- 学校図書館環境整備、蔵書・コーナーの充実(41.4%)
- 図書館ガイダンス・オリエンテーション実施(41.4%)
…率直にいうと、コンクールを除けば、「取り組み」とわざわざいうほどのこともない日常業務だなあという印象だ。コンクールも読書感想文の評判はアレだし、読書推進になっているのかどうか…。
小中と高校の取り組み比較から見えること
ただ面白いのは、小・中学校との取組の比較。小・中学校と比べて、高校は「一斉読書の時間の設定」と回答した学校の割合は低く(小:57.3%、中:65.5%、高:32.8%)、「読書会、ブックトーク、ビブリオバトル等の実施」と回答した学校の割合は高い(小:20.2%、中:24.1%、高:32.8%)。
しかし、結果として高校の方が圧倒的に不読者が多いことを考えると、ビブリオバトルや読書会、ブックトークのような交流活動は、直接的に読書時間を増やす「一斉読書の時間の設定」に比べて、日常の読書につながっていかない可能性を示唆している。
やや牽強付会かもしれないが、こうしたデータは、高校における「朝の読書」やリーディング・ワークショップが持つ意義を示唆していると言えるかもしれない。
文科省「高校生の読書に関する意識等報告書」(2016)
高校生についての新しい資料という点で同様に見逃せないのが、文科省の「高校生の読書に関する意識等報告書」である。(詳細はよくわからないが、委託されているのが「地域における読書活動推進のための体制整備に関する調査研究」と同じ浜銀総合研究所なので、その研究のベースになっている調査だと思う)
文科省(2015)高校生の読書に関する意識等報告書
http://www.kodomodokusyo.go.jp/happyou/datas.html?page=3
質問項目は、「地域における読書活動推進のための体制整備に関する調査研究」と重なる部分も多く、高校生の読書を左右する要因として、「個人属性等に関する要因」「家庭環境要因」「学校・図書館環境要因」のそれぞれが影響している可能性があるとして、詳細な分析がなされている。
高校生の不読の理由はここでも同じ
この調査では、不読者が本を読まない理由が次のように分析されている。
- 「普段から本を読まないから」「読みたいと思う本がないから」読まない生徒が一番多い
- アルバイトや勉強で「忙しい」ことで本を読まない高校生が一定数いる。
- 男女別では、男性ではゲーム、女性では電話・メール・SNS 等に長い時間がかけられていることが、読書をしないことの回答理由としてあげられることが多い
高校での「一斉読書」の効果は?
また、学校での「一斉読書」と不読率との関係について調べると、
- 一斉読書の時間を週に 1 回以上定期的に設定している学校の生徒では、不読率は 32.0%。
- 一斉読書の時間を設定していない、または 実施していても不定期での開催や実施頻度が高くない学校の生徒では不読率は 58.4%。
ということがわかり、ここでも「一斉読書」の取り組みが不読者解消に有効であることがわかる。強制的に読ませているので、まあ当然のことではあるのだけど。
OECD「PISA2009」(2009)
最後に、OECDのPISA2009の結果と分析も参照しておこう。この年のPISAは読解力がメインの年で、読書習慣についての調査なども行われている。
OECD(2009) PISA2009 Results:Learning to Learn Volume 3
http://www.oecd.org/pisa/pisaproducts/48852630.pdf
この報告書の64ページに「Percentage of students who read for enjoyment」(楽しみのために読書する生徒の割合)というデータがあるのだが、日本の15歳はなんと65カ国中59番目!読書を楽しんでいる生徒の少なさに驚く。
小・中学生の読書は高校生に比べると比較的うまくいっているように見えるが、学校で読書の機会がある小・中学生の時期に、楽しみのための読書習慣をうまく定着させられず、高校生になると一気に不読が表面化している、という可能性があるのかもしれない。
高校生の「読書クライシス」まとめ
これまでのデータからわかってきたのは、小・中学生の間は学校での取り組みが功を奏して比較的本を読んでいる(少なくとも過去の小・中学生よりも読んでいる)若い世代が、しかし、小・中学生時代の読書経験を習慣化することができずに、勉強・部活・アルバイトなどで忙しくなる高校生になると一気に読まなくなること。「最近の若者は本を読まない」が俗説であるにせよ、高校生の「読書クライシス」には対策をする必要がありそうだ。
このブログを日頃読んでくださる方にはお気づきいただけるかもしれないが、僕は個別の自由読書時間を確保するリーディング・ワークショップが、その有力な対策になると思っている。
追記:「なんで読書推進に取り組む必要があるの?」という人へ
「でも、高校生が本を読まないのがなんでそんなに問題なの?」という方は、「読書には語彙学習としてのメリットがある」「個々のレベルにあった読書をすることが、言語能力を伸ばす」というこちらの文献をどうぞ。
「読解」の授業との効果比較はどうなの?
ただ、もちろん「学校の授業時間を使って本を読ませる」ということは、その時間分は何か他のことが追い出される(あるいは生徒の負担が丸ごと増える)わけで、結局は「いま他にやっていること」との効果比較になる。
下記エントリの通り、日本の国語の授業は「読解」が中心である。
今回のデータを見た国語教師の多くは、「授業時間中に生徒が個々に本を読んでいるよりも、読解をする授業の方が効果がある」と思うかもしれない。僕は「いまの日本の国語の授業は読解に偏りすぎているので、両方やるべき」派なのだけど、高校の授業に「読書」を持ち込むには、このあたりの問題についても考える必要がありそうだ。
追記2:その他の調査結果
似たような趣旨の調査で、このエントリを書いた段階で未見だったものをリンクしておく。
子どもの読書活動と人材育成に関する調査研究(2013)
http://www.niye.go.jp/kenkyu_houkoku/contents/detail/i/81/
子どもの読書活動の実態とその影響・効果に関する調査研究 報告書〔概要〕(2013)
http://www.niye.go.jp/kanri/upload/editor/72/File/kouhyouhappyou.pdf
(上の調査の結果概要発表)
子供の読書活動に関する現状と論点(2017)
下記エントリ参照。