待ちに待った読書教育の基本文献の登場。読書教育に関する広範な話題をカバーした本書は、教員や学校司書などの読みの教育に関わる人はもちろん、広い意味で読書に関わる人におすすめできる一冊です。
目次
日本読書学会が60周年を記念して編集
これまで僕が読んできた読書教育の本というと、山元隆春先生が中心にまとめた「読書教育を学ぶ人のために」をまず挙げていた。もちろん他にも大切な文献があるけど(そのうち何冊かはこのエントリでも後ほど紹介)、読書教育について包括的に書いてある本はあまり読んだことがなかった。
ただ、上記の「学ぶ人のために」が基本的には学校教育限定の視点なのに対して、今回の本は日本読書学会が60周年を記念して出したというだけあり、読書についての様々な話題を一線の研究者が分担執筆しているのが大きな特徴だ。幼児の読書から成人の読書まで、読むことの仕組みといった科学的話題から、教育(授業&学校図書館)や自治会の読書支援制度に至るまでの、広範な話題がカバーされている。読書教育に関係する人なら、必ずヒットするポイントがあるはずである。
例えば僕は、いままさに風越学園のカリキュラムを考えている最中ということもあり、目下もっとも気になるのは幼児期や学童期の読書教育。以下、あくまでその視点でいくつかのトピックについてまとめてみる。
読書大事、語彙力大事
まず、この本の色々な章で改めて大事だなと思ったのが、読書は、語彙力や読解力を高める大事な手段だということ。下記の猪原先生の本でも繰り返し書かれていたけど、この本でも、読書と語彙力や読解力との正の相関については、これまでの研究を出典にしながら、複数の論文で強調されている(深谷優子「児童期における読書」、高橋登「児童・生徒の語彙力、読解力と読書」など)。
中でも、リーディング・ワークショップがらみで注目したいのは、深谷優子「児童期における読書」。この論文では、「自分で読みたい本を選んで読む」自由読書は、「不安の少ない環境のもとで、「完全に理解できた情報の入力が行われる」完全習得学習が成立するため、より高度な語彙や文法を獲得していくために最適だとするスティーヴン・クラッシェンの研究を引用している。これは、「読書はパワー」の人ですね。
ただし、同時に引用されている鈴木佳苗「各種メディアの心理学的な影響・発達的研究」では、自由読書は読解力との相関関係は一貫して見られるが、書く能力へ効果は必ずしも見られないようだ。しかしいずれにせよ、自由読書・語彙力・読解力の関係が色々な研究で一貫して支持されていることはとても大事。読解力をつけたければ、まずは本を読もう!ということ。
なお、深谷論文では自由読書のデメリットについても述べているが、読書量が極端に多くなる(一ヶ月に40〜70冊程度)と、予習復習などの他の時間を奪ってしまうため良くないのだそう。まあ、そりゃそうだろう…。ちなみに、以前に読んだ静岡大学の研究結果にも、長時間読書で成績が悪い層の話があったけど、あれも要は「だらだらやってるのよくない」という話だった(下記エントリ参照)。
裏を返せば、他の活動を圧迫するほど極端でなければ、読書のデメリットはない、と考えても良いのだと思う。また、読書しないことのデメリットもかなり明確に指摘されており、読書習慣やそのための環境がない子どもの場合は、長期休暇での読みの能力の低下が顕著であるらしい。
読書で進む小学生の語彙獲得
では、小学校期の子どもは、読書で語彙をどのくらい獲得するのだろう。これについては高橋登「児童・生徒の語彙力、読解力と読書」に面白いモデルがあった。まず、メタ分析の結果から、テキスト中に未知語が3パーセント以下含まれている条件下では、平均してその未知語の15パーセントを獲得するのだという(この3パーセント以下というのも、その子にとって難しすぎる本だと語彙獲得にならないという話)。では、仮に子どもが毎日25分読書すると、その子は何語くらいの語彙を新たに獲得するのだろうか。
Nagy(1997)らの推計では、1日25分、1分あたり200語の速度で年間200日読むと、総計で年間約100万語に接するという。この時に読む本が適切な難易度(未知語が3パーセント)であれば、なんと年間4500語もの新しい語彙を子供は獲得する。これは英語圏の話だし推計に推計を重ねているので話半分なのだけど、毎日、しかも適切な難易度の本を読むことが、子どもの語彙獲得をどれだけ促進するか、それをうかがい知る目安にはなる。
もちろん、読書以外に家庭での会話でも語彙は獲得されるが、一人ででき、書き言葉のより洗練された語彙を獲得でき、学校図書館などを活用すれば経済力にも左右されない読書は、語彙獲得の、ひいては読解力向上の極めて大事な手段なのだ(語彙獲得手段としての読書のメリットは猪原先生の本を参照)。
ちなみに、小学生の子供が読むのは普通は文学テクスト(物語)の場合が多いと思うが、文学テクストを読むことが他者の心的状態の推測に効果を持つという近年の研究もあるそうだ(Bal&Veltkamp, 2013)。文学テクストが映像などと比べると思考・想像の余地が残されているためではないかと推測されている。語彙という観点では幅広い読書をして幅広い語彙に接した方が良いけれども、文学テクストの読みには、このような対人関係能力に与える良さもあるようだ。
では、本が読めるようになる前は?
個人の自由読書が語彙力・読解力に結びつくことを再確認した上で、では、自由読書ができるようになるのはいつ頃だろうか。これも個人差があるが、子供が識字能力を獲得するのはおおよそ5歳頃。そのくらいから始めて、小学校高学年までには自由読書が成立するのだという。
だとしたら、まだ自分で読めない段階では、読書はいらないのだろうか。さにあらず。読めない時期の読書体験を支えるのが「読み聞かせ」である。
自由読書の前段階を支える「読み聞かせ」
幼児期の絵本の読み聞かせの重要性については、この本の横山真貴子「幼児期の絵本の読み聞かせ」に書いてある。絵本の読み聞かせは、言語やリテラシーの発達を促す。というのも、日常会話よりも使われる語彙が豊富であり、文法的にも複雑な構造の発話が多く、抽象度の高い発話も多いからである。つまり、子供は読み聞かせを通じて、会話よりもより高度な語彙に接することができるのだ。他にも愛着の安定がもたらす情緒的発達などの効果も指摘されているが、語彙力形成という点に絞っても、読み聞かせの効果はとても大きい。
なお、就学前の読み聞かせの重要性については、以前に下記エントリで紹介した記事でも書かれていた。その記事とも重なる内容なので、改めて触れておこう。
この記事は「プルーストとイカ」という本の一部を紹介したものだけど、要点だけさらにまとめると、次のようなもの。
- 子どもが識字能力を身につけるのは5歳くらいだが、それ以前に、会話や読み聞かせなどで膨大な語彙(平均で1万語程度)を獲得している。
- その期間までに読み聞かせをすると、文字がまだ書けなくても、書き言葉特有の語彙を多く使えるようになる。
- この時までに貧しい言語環境で育つと、平均的な言語環境で育つよりも接する語彙が3000万語も少なくなる。
- スタート時点でついたこの差は、学年が上がるにつれて拡大する。(幼稚園入園時の語彙レベルが下位4分の1に入る子供は、語彙と読解力において、小学校6年生までには、同学年の平均的な子供たちと丸3学年分の差がつくという研究もある)
こちらでも、就学前の読み聞かせの重要性が強調されている。書くのは5歳以降で良くても、読み聞かせはまだ文字が読めない段階の早い方が良い、ということだ。
また、読み聞かせというと、小学校入学前かせいぜい低学年というイメージもあるけれど、森慶子「読書活動への脳科学的アプローチ」によれば、子どもの読書が黙読優位になるのは、平均して小学校4年生の頃。この頃までは聴解能力が読解能力よりも勝るため、読書能力を高める目的でも、読み聞かせや音読が有効なのだそうである。黙読が苦手な子、字を読むのに一生懸命で内容が頭に入らないような子については、大きくなっても読み聞かせが有効というのは面白い話だった。
それぞれの関心に応じて、読むところたくさん
軽井沢風越学園は幼稚園・小学校・中学校の学校なので、やはり幼少期からの読み聞かせや読書は大事にしたい。また、この本では、小学校→中学校→高校の校種の変化が不読層を増やす大きな要因であることも指摘されているけれど(秋田喜代美「中学生・高校生における読書」)、そういう断絶も、少なくとも子どもが風越学園にいる間(幼稚園入学から中学卒業までは)ないようにしたい。
このエントリはそんな僕の関心に沿って書いたので、実のところ、扱ったのはこの本の前半のほんの一部である。でも、読書教育に関する広範な話題を扱っている本なので、それぞれの関心に応じて読むところがたくさんあるはずだ。こんな本にはなかなか出会えない。読書教育に関心のある方は、ぜひ一冊、手元に置いておくことをお薦めします。