アトウェルの学校の見学メモ(3日目)

今日は長くて、良い一日だった。アトウェルと1時間以上にわたってお話ができて、お腹いっぱいの3日目。たくさんあるので、今日も脈絡を考えずに、箇条書きで。

アトウェルの学校の見学メモ (初日)

2016.04.12

アトウェルの学校の見学メモ(2日目)

2016.04.13

授業見学メモ3日目(4/13)

  1. 全校朝会の今日のテーマはSpring bird Sighting。こんな鳥を見たよと報告し合う。 手を挙げて報告するのは幼稚園か低学年の子が中心で、上級生はつき合って聞いてあげてる感じ。きっとこの上級生も、前はこうやって上級生に見守られながら前で発表していたのだと思うと、僕はこの雰囲気がとても好きだ。
  2. その後、ゲストの紹介、詩を全員で読んで、歌を歌って、笑って解散。文学、音楽、自然、個人。もしアトウェルの学校で、何か一つだけ見るべきものを選ぶとしたら、それはこの朝の会だ。ここにこの学校の核がある。
  3. 今日のライティング・ワークショップも2つの詩を読むところから。本当にPoetry is everywhere。でも、感想を言うのではなくてテクストの分析をする。それを、自分が詩を書くときの技術に結びつけている。読むことから書くことへ。
  4. ミニレッスンは意味を間違えやすい言葉遣いについて。こういう言語事項のフォローも週1回しっかりと。生徒の文章のミスから収集するらしい。
  5. 生徒が学期末にまとめるポートフォリオの分厚さを見て「本物」の迫力に圧倒される。分厚い。自分の作品をまとめたときに、このずっしりとした分厚さを実感できることが大事なのだろう。ウェブ・ポートフォリオはこの点では圧倒的に劣る。
  6. 小学5〜6年生のグレン先生のReaders’ Roundtable。エリオットの「Only those who will risk going far can possibly find out how far one can go」という一節について、自分の解釈を、その根拠を各自で好きな本から見つけて話し合うというもの。僕は正直、狙いが拡散しててもっと良いやり方があるのではないかと思ったのだけど、見学仲間は好意的に捉える人が多く、自分の見るポイントが違うのかとやや反省した。
  7. リーディング・ワークショップの読む時間には、iPhoneで音楽を聴きながら読む生徒も。
  8. ライティング・ワークショップのアン先生のエディティング・カンファランスの細かさに驚く。徹底的。イタリック、コロン、余白まで、徹底的にコメント。「字句の修正は生徒ではなくプロの仕事。生徒同士だと間違えるから」ということらしい。
  9. 僕は、日本では教師が生徒全員をカンファランスするのは無理だと思っているので、ピア・カンファランスの取り扱いについて質問してみた。しかし、グレン先生もアン先生もピア・カンファランス自体に消極的。カンファレンスは、専門知識を持ち、生徒のことをよく知っている教師だからこそできる、という意識のようだ。
  10. ランチの時間に小5〜6年生と一緒にご飯を食べながら色々質問。衝撃的なのは、彼らがすでに「書き手」として、自分の書くプロセスにとても自覚的であるということ。読んでる本も小学生という感じがしないし、本当に圧倒された。何なのだろう、これは。
  11. この子たちと対比すると、なんで僕が自分の小学校時代が嫌いなのか、今になってよくわかる。小学生時代の僕は、確かに先生の視点からは「良い文章を書く」子どもだったと思うし、実際それで市や県の作文コンクールにもまあまあ出品されていた。けれど、あの時の自分は、先生に迎合して、評価基準を彼らの価値観や気分に委ねる生き方を、自分から進んで選んでいたのだと思う。だから、先生から高評価を得ることに満足しながら、いつも先生に怯えていた。支配されることを自分で選ぶ生き方。ここの生徒と対照的だ。
  12. ここの学校では、生徒は、自分で自分の評価基準を作れるように育つ。先生たちも、自分の権力を、それを促す形で使っている。
  13. 今日の午後、他の人と一緒に、ナンシー・アトウェル本人と1時間以上もお話できた。個人的な感謝の気持ちも伝えられたし、アトウェルから励ましの言葉も頂いた。何より、「日本の状況でやるには、ピア・カンファランスが出来る生徒を育てるしかないと思っている」という点について、おそらく背中を押す意味も含めて強い賛同の言葉をもらえたのは本当に嬉しかった。
  14. アトウェルはずっと笑顔だった。笑顔でいることがどんなに人を安心させるだろう。何だか、あの時間はアトウェルのカンファランスを受けていたみたいだった、と今になって思う。
  15. 最後にアトウェルにお願いして、自分にとって思い出の本であるIn the Middle第二版に、サインと励ましの言葉を頂いた。宝物になる。
  16. 夜、少し離れたシーフードレストランで、見学仲間の先生たちとディナー。みんなワークショップ形式の授業に関心があり、長く実践してる人たち。聞き取れることはとにかくメモ。質問。「アメリカではワークショップの授業が多いのか?」という質問にはみんな否定的。ある先生は「私は生徒にとってベストだと思っている。だが、教師にとっては負担が大きいから、みんなやりたがらない」。でも、どの先生も、いろいろな文献にも詳しくて、工夫して頑張っていることがわかる。心が賑やかになる夜。美しい星空。長い一日だった。

アトウェルの学校の見学メモ(4日目)

2016.04.15

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2 件のコメント

  • ・どこの学校でも普通にやっているSHRですが、連絡事項の伝達会くらいの意識でしたが、1日のスタートとして生徒のモチベーションを上げたり、頭のウォーミングアップとしていちづけると違う景色が見えるように思いました。先生が今回の訪問で「学校の核」と言われるほど、朝の会を評価されているのは、どういう観点からでしょうか?非常に興味があります。
    ・ピアカンファレンスについては、様々な学びの機会で活用できるものとお話しを聞き、活用シーンを考えていたのですが、今回指摘があった通り、カンファレンスをするだけの知識やスキルがないと、ただ思いついたことの言い合いで、学びにつながらない、という点は、懸念点として、それ自体のデザインが必要と考えていました。リフレクションも同様で、そのスキル自体を教える必要があるのではと。その中で、「自分で自分の評価基準」を創れるようにすることを狙いにすることがデザインの目的として、よいのではないかと気付かされました。

    • 朝の会が、学校の思想を濃縮したような場になっているところですね。あと、単純にとても居心地が良いです。ピア・カンファランスをどうデザインするかという実践の積み重ねは色々とあります(例えばアトウェルの学校だと→http://askoma.info/2015/06/02/1593)が、それにしたって、生徒を育てるのにはそれなりのコストがかかります。そのコストをかけてもやるべきかどうかという判断には、ピア・カンファランス自体に価値を認めるかどうかという部分での判断が大きく関わってくるのでしょうね。