このゴールデンウィークで、三藤恭弘『「物語の創作」学習指導の研究』と『「物語の創作/お話作り」のカリキュラム30』を読んだ。著者の三藤さんは、元・広島大附属小学校教諭で、現在は福山平成大学で物語創作の研究をされている方で、『「物語の創作/お話作り」のカリキュラム30』は小学校勤務時代にご自身の実践をまとめたもの、『「物語の創作」学習指導の研究』は、大学に移ってから物語創作指導の先行研究をまとめ、有効な指導法やカリキュラムを提案したものである。物語創作に関心のある方は、どちらも必読と言っていい文献だ。おすすめ。
「作家の時間」(ライティング・ワークショップ)では、別にジャンルの制限はしてないのに、ほとんどの子どもたちは物語を書きたがる。だから、オープニングの詩の単元を終えて、いよいよ五月から「作家の時間」が本格的に開始する前にこの2冊を読めて、タイミング的にはとても良かった。
『「物語の創作」学習指導の研究』は、研究書だけあって物語創作指導について総括的にまとめられており、「物語の創作」の学習指導に本格的に取り組むなら、ちゃんと読んでおきたい本だ。
目次
物語創作の学習上の価値
個人的には、何よりも物語創作指導や、その学習としての価値がどのように論じられてきたかという先行研究史がありがたい。筆者は先行研究を引きつつ、物語創作が国語の学習の上で、また教育の上でどのような価値を持つかを丁寧に論じており、中でも、個人的にはかなり古くから「物語を書くことを通じて物語を読むこと」の価値が論じられている点に興味を惹かれた。例えば、本書で引用されている西尾実の「一般に創作経験の有無は、作品理解の上に根本的な差異を生ぜしめないではおかない」(p23)という言葉は、自分も創作をするライティング・ワークショップの教師なら、誰でもうなずくはずである。僕も、「作家の時間」(ライティング・ワークショップ)と「読書家の時間」(リーディング・ワークショップ)の双方をつなげて、「書き手の目で読み、読み手の目で書く」ことの大切さを子どもたちに語っているが、同じことを言っている人は、昔からたくさんいるわけだ。
子どもは物語創作が好き
本書では、教師や子どもが物語創作をどう捉えているかという研究もある。ここも、ほぼ感覚的に首肯できるものばかり。一番印象的なのは、子どもはとにかく物語を書くのが好きなのだ、ということ。これも、僕が「作家の時間」をはじめて驚いたことだった。これはある意味で当たり前で、そもそもが人間は自らの人生を物語形式で(つまり、時系列に沿って、因果関係を見出して)把握する。それほど物語とは人間の根源的な世界認識なのだし、そして生まれた直後から読み聞かせなどを通じて良質の物語にたくさん触れている。ナンシー・アトウェルが『イン・ザ・ミドル』で語っていたように「誰もが、すべての生徒が、いいストーリーが好き」(p44)なのである。
筆者も「児童がこれだけ高い割合で「その学習自体を好む」という教育方法、教材はそうはない」(p117)と述べ、それを学習指導の上で活用すべきと主張する。本当にそうだと思う。「では今回は説明文を書きましょう」という時と、熱が違うんですよ、ほんと。その熱の違いを生かさない手はない。
「事件ー解決」を優先する思い切りの良さ
本書の中核の一つは、物語の指導法である。巷には創作指南本が溢れているので、僕たちライティング・ワークショップの教師は、よくそういう本を参考にして授業のミニレッスンを組み立てる。例えば『ストーリーメーカー』や『キャラクターメーカー』などの大塚英志さんのアイディアや、ジョセフ・キャンベルの「ヒーローズ・ジャーニー」などは、物語創作の実践をはじめたばかりのころなどはつい使ってみたくなるものだ。
しかし、特に風越学園に来てからだと、こういう大人向けの小説作りのプロトコルは複雑に過ぎて、子どもが扱いにくいことの方が多い。その点、本書では「事件が起きる→それを解決する」枠組みを「ストーリーの最小単位」として、まずはそこだけに注力している思い切りが良い。これはおそらく、桑野徳隆の「物語のなりたち図」(p48)をもとにしているのだろうか。
「山場」とか「視点」とか「人物の設定」とか「描写」とか扱いたくなることは色々とあるけど、こうやって優先順位をはっきりさせている点に、元・小学校教師としての筆者の知見が存分に生かされている。また、小1から小6までの6年間を通じたカリキュラム案の提案もあり(p292)、これは小学校の国語で「作家の時間」を展開している風越学園には大いに参考になりそうだ。同僚にもシェアしよう。
具体的な指導アイディアがいっぱい
もう一冊の『「物語の創作/お話作り」のカリキュラム30』は、研究書ではなく、お話作りに役立ちそうなアクティビティ集だ。「イメージマップ」「書き換え」「情景描写のレトリック」など、テーマを決めて1時間程度でできる活動が30個紹介されている。「作家の時間」は何時間もかけて作品をゼロから作り上げる手法なので、こういう細切れの活動をする人は少ないはず。その意味では「作家の時間」実践者よりは、通常の教科書教材をやる中で物語作りのエッセンスを授業に取り入れたい人向けのアクティビティ集と言える。もちろん、「作家の時間」実践者も、ミニレッスンのアイディア集として活用することはできるので、興味のある方は手に取ってみるといい。
ただ、個人的にはこれらのアクティビティよりも、「物語創作の学習上の意義」について述べる前半部分の方が興味深かった。特に「物語制作過程におけるファンタジーの思考往還機能概念図」(p34)は、物語を書く意義をファンタジーという概念を切り口に理論化しようとしていて、面白い試みだと思った。
ところで自分の場合は…物語を書く意義
ところで僕の場合、「作家の時間」は「物語を書く時間」と決まっているではないのだが、実際のところほとんどの子は物語を書きたがる。だから、僕は実質的に物語の創作指導の人に近いのかもしれない。三藤さんほど理論化はしていないが、物語が人間にとって重要なジャンルであると考えているし、子どもたちが物語を書きたがるのもある意味で当然だとは思っている。その辺は、下記エントリに昔書いた。
また、僕自身が子どもの頃に「お話」をたくさん書いていた人間で、それがおそらく今の実践の原点になっているのも間違いない。一方で詩も好きなので、描写やレトリックについては詩の読み書きから学び、物語行為については物語の読み書きから学べばいいと思っている僕は、外から見るとかなり「文学寄り教師」に見えるだろう。
とはいえ、僕もかつてはパラグラフ・ライティングの書き方だって教えていたわけだし、論理的な文章の書き方が不要と思っているわけではない。しかし、そういう機能的な文章(ターゲットを明確に想定して、目的を持って書く文章)は、そういう状況になったときに学ぶ方がいい。「意見文を書きましょう」と先生に言われて「さて、自分の意見はなんだろう」と子どもが考えるところから意見文の授業をはじめても、すでにその時点で順序を間違えているのである。
少なくとも小学生は、意見文や説明文よりも、物語を書く方をはるかに好むのだ。好きなストーリーも、すでに持っているのである。である以上、それを活かして書くことの土台となる力を育ててやる方がいいと思う。
「物語創作」指導に取り組むなら必読の本
というわけで、ゴールデンウィーク明けから作家の時間が本格化する前に、物語創作指導について改めて考えることのできる、とても良い2冊の本だった。特に、GW明け最初のユニットは、まだ新しい子どもたちの力量も見えていないので、本書で一番シンプルなストーリーの単位として出された「事件ー解決」を意識するテーマにしようかな、と思う。その意味でも、このタイミングで読めてよかった。それはともあれ、僕のような「作家の時間」実践者に限らず、物語創作の学習指導に取り組むなら、どちらもぜひ読んでほしい本である。