ミニレッスンとカンファランスをつなぐ「法則化」の意味

9月・10月と進めてきたライティング・ワークショップは、あとは完成作品の共有を残すのみ。今学期は見学者とお話しする時間も多く、必然的に気づくことも多かったのだけど、毎日の大福帳のチェックや転記で精一杯で、ここに書き記す余力がないまま来てしまった感じ。これから、少しずつ書いていこうと思います。

ミニ・レッスンからカンファランスへ

下記エントリで書いた通り、今学期はデモンストレーションを使ってのミニレッスンを重視してきた。例えば自分の文章も使いながら、冗長な表現を削ったり、順序を入れ替えたりして、文章を整える様子を見せてきたのである。

改めて感じる、教師のデモンストレーションの手応え

2018.10.06
とはいえ、もちろんミニレッスンで教えただけで生徒がそれをできるようになる、ということはない。全体に向けてのミニレッスンはいわば「頭出し」的な役割を担っていて、それを生徒は自分が書く文脈で使うことによって、初めてその知識を体で理解し、使えるようになるのである。

この時、カンファランスを通じてその理解と定着を促すのが、教師の役割になる。例えば「この原稿は、ミニレッスンで教えたあのやり方を使って…」のように、生徒の具体的な場面に即して助言していくのだ。

実感する「法則化」の効果

ここで思い出すのが、アトウェルが様々な書く技術に「法則」名をつけていたことである。

一粒の小石の法則、それで?の法則、頭と心の法則、メモ書きの法則…ナンシー・アトウェルは、書くことにまつわる様々な技術を、生徒にもわかる平易な法則名とともに生徒に手渡してきた

この「法則化」の必要性を、今学期のカンファランスで改めて実感した。こういう法則名があると、「これはあの時のミニレッスンでやった…」などという注釈抜きで、いきなり技法の中身に入れるのだ。法則化によって、ミニレッスンとカンファランスがうまく接続する

また、カンファランスで教えたことを生徒が他の場面でも自分で使えるようになるには、やはりその具体的場面を離れた抽象化が必要だ。「法則化」はまさにその抽象化の作業そのものと言える。法則化は、生徒が自分でその技術を使えるようになるのを助ける

こうしてみると、やはり「法則名をつける」って、単純でうまい工夫なんだなあと思う。そして授業の振り返りを通じて、「だからアトウェルはこうしているのか」と心から納得できた瞬間は、ちょっと嬉しい。なるほどなあ、という気持ちと、また一歩近づいたぞ、という気持ちになる。

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2 件のコメント

  • アレグザンダーのパタンランゲージのパタンと同じような感じですね。名付けたパタンがコミュニティの共通言語になって、コミュニケーションを助けていく。