作文教育の成否の鍵は、自律性を高める仕掛けにあり

ナンシー・アトウェルが自分の教育の本質を一言で「Choice」とまとめたように、ライティング・ワークショップでは生徒に書き手としてのオーナーシップ(主導権)を持たせること、選択させることを非常に重視している。

 

いま読書中の作文教育の本 Writing Voicesでも、第5章「自律性と選択」という一章を割いて、書き手が選択できることの重要性を強調している。



ここで、複数の論文を引用しながら、若い書き手が書く事に熱中できない阻害要因をあげているのだが、これがなかなか面白い。

・書く課題の内容が完全に決められている。
・書くテーマやジャンルが決められている。
・特定のトピックについて書かなくてはいけない。
・時間制限がある。
・ワークシートに穴埋めする形式である。


この本によると、これらの要素は書き手のモチベーションを低下させる研究結果が出ているという。基本的に教師は決めた課題について書かせたがるのだが、それは生徒の自律感覚をうばい、やる気を失わせてしまうのだ。

また、ジャンルで言うと、生徒が喜んで書きたがるのは「物語」と「議論する文章」だという。どちらも個人的な視点を盛り込みやすい文章で、それがちょうど10代の自立期を迎える生徒たちにあうのではと推測されている。また、同様の理由でautobiographical writing(自伝)が良いともされている。これはアトウェルが自分の授業でMemoir(回想録)を書かせるのと通じるところがある。

これに関して面白いのは、特に男の子に関してはトピックを自分で決める場合に熱中するという指摘があることだ。僕は男子校勤務なので、なんとなくわかる話。ちなみに、他にも主体性を高める仕掛けとして「教室の外の読者を得ること」「ライティング・ジャーナル(アイデアや下書きメモなどを書くノート)を持たせること」が指摘されている。

この本に書かれていることの多くは、典型的な「あるある」話だと思う。少なくとも僕自身の経験から得られた感覚と、かなり一致している。教師は「教えやすさ」「評価のしやすさ」「バランス」を優先してテーマやジャンルを限定したり書き方を限定したりする。その中で、下記のエントリで触れたような「スクール・ジャンル」や「スクール・ライティング」とも言われる独特のジャンルや書き方が出てくる。日本だと読書感想文や行事作文、アメリカだと5パラグラフエッセイなどがそれにあたるだろう。

 

[ITM]どんなジャンルを書かせている?

2015.03.10

しかし、こうやってできる「教えやすさ」は生徒の「学びやすさ」とイコールではない。教師が教えやすさを優先して生徒の学びやすさを無視した時に、生徒にとってそれは「学校が与えた、自分とは無関係なタスク」になり、そのような作文課題に取り組むときには、生徒は「いかに効率よく(できれば良い点をとって)終わらせるか」しか考えなくなる。そこに、書き手としての成長はない。下手をすると、自分が書き手であるという意識すら持たなくなってしまう。

生徒の側に書きたいという思いがない限り、作文教育は成立しない。そして、生徒がその思いを持ちながら書くには、「自分が選択肢を持っている」感覚が必須なのだと思う。
 

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