新発売の本の紹介です。猪原敬介『科学的根拠(エビデンス)が教える 子どものすごい読書』は、読書研究を専門とする教育心理学者の著者による、家庭向けの読書教育指南本。ここ10年程度で明らかになってきた「語彙が増える」以外の読書の効果も盛り込みつつ、親としての視点もまじえて、無理のない「いいとこどり」読書教育を勧めているのが特徴です。
これまでの成果を一般向けにまとめた一冊
このブログの継続的な読者の方はご記憶かもしれませんが、僕はこれまでも、猪原先生の著作を読んできました。もう10年前なのが驚きだけど、2016年にはじめて『読書と言語能力 言葉の「用法」がもたらす学習効果』を読んだときは、当時は読書の効果に関して日本語で読める学術的文献が少なかった(英語でも、本だとかなり古いクラッシェン『読書はパワー』くらいだったはず?)こともあって、「自分のリーディング・ワークショップを裏付けてくれる研究だ!」と喜んで、よくわからない研究手法のところもできるだけ理解しようとして読みました。僕もエクセター大学から戻ってきたばかりで研究への関心も高かったですし…。
また、2024年に『読書効果の科学』が出たときも「これはこれからの読書教育を支える基本書になる」と確信しました。というのも、読書教育の本は基本的に「愛書家によるエッセイ的なもの」「熱心な読書教育実践家による体験中心のもの」が多くて、科学的知見にもとづき、「読書の効果は穏やかなものである」「遺伝的に読書が向かない子もいる」といった、ある意味では冷や水をあびせかねない記述がある本は、類書がなかったからです。
それ以外も、猪原先生といえば、ベネッセとの「小・中・高校生の学校外読書時間の全体像を描く」研究や、「子どもの語彙力・読解力に関する基礎分析」研究にも関わっていらっしゃって、読書教育研究の第一線の研究者と言って良い方です。
そして、今回の本『科学的根拠(エビデンス)が教える 子どものすごい読書』は、そんな猪原先生がこれまでの成果を一般向けにまとめた待望の一冊、ということになります。
効果に関する科学的知見と、子育て経験もふまえたアドバイス
本書の特徴の第一は、タイトルにもあるとおり、科学的根拠にもとづいた読書の効果について一般向けに平易に書かれていることでしょう。読書による語彙力の増加が学力に結びつくというよく知られた話に加えて、共感力や想像力、健康などにも読書が一定の効果を発揮することは、(猪原さん自身の本を除けば)日本の読者にはあまり知られていない事実です。また、読書の逆U字現象をふまえての「読書時間が長いのも良くない(30分くらいが理想)」という話も、いわゆる愛書家のエッセイには出てこない主張でしょう。これまでの読書教育研究にもとづくこうした主張が、一般にも広く知られるようになることには、大きな価値があります。
そして第二の特徴は、特に実践的なアドバイスをするパート5「はじめてみよう!お子さんとの家庭の読書」以降において、実際に子育て中の筆者の経験もふまえた具体的なアドバイスが頻繁に書かれていること。実は、これまでの猪原さんの著書のおかげで、科学的知見についてはあらかた知っている僕にとっては、一番面白く読めたのはこの部分でした。実際の子育ては「科学的にこうすればいい」原則だけでは動かないもの。お子さんの性格とか経済状況とか家の広さとか、いろんな事情の中で子育ては行われます。そんな中で、「ちなみに我が家では〜」という記述がいくつも出てくるパート5以降は、読み手に具体的なアドバイスだけでなく、「そんなんでいいんだ」という励ましも与えてくれると思います。
ちょっと簡単な本がいい!?
詳しくは本書を読んでほしいので、そのアドバイスをここに書くことはしないけど、個人的に「さすが」と思った記述を一つだけあげると、「ちょっと簡単くらいな本を与えるのがちょうどいい」というアドバイス(p284)。
これ、科学的知見では、読書を通して類推を働かせて語彙を増やすには、本当は「ちょっと難しいくらいの本」がちょうどいいんですね。だけど、筆者はその逆を薦める。なぜか。それは、「その子にとって『ちょっと難しいくらいの本』を選ぶのが、現実的にはとても難しいから」なんですよ。
これは、リーディング・ワークショップで日々選書をしている僕には、とてもわかる話。子どもにとって「ちょっとだけ背伸び」の本を選ぶのは、本当に難しい。大人はただでさえ子どもの読書レベルを実態ではなく「このくらい読めるはず」(読めてほしい)という勝手な推測で見積もってしまいがち。それが親ともなると、我が子への期待もあいまって、親が「ちょっと難しいレベル」のつもりで選んだ本は「難しすぎる」可能性が圧倒的に高いんですよね。それで子どもを傷つけるリスクを考えたら、どんな本にも学習効果があることを信じて、簡単な本を選ぶか、子どもの好きに選んでもらう方がずっといい…このへんは、科学的根拠だけでなく、親としての視点も絶妙に入っていて、血のかよった読書教育論という感じでとても面白い。これまでの猪原さんの著作と違う特徴でもあります。
3冊の本の「使い分け」は…
というわけで、猪原さんがこれまでに出した3冊の本、どんなふうに「使い分け」すればいいんでしょうか。最初の『読書と言語能力 言葉の「用法」がもたらす学習効果』は、今となってはかなり「研究者寄り」な一冊。論文ではない一般向けの本とはいえ、学術研究の用語などもできるだけ誠実に説明しようとしており、読書教育を専攻したい大学院生さんや、研究に強い関心のある教育関係者におすすめです。読書の効果という目に見えにくいものをどう研究するのか、その方法をふくめて一番勉強になるのがこの本のはず。
続いて、今でも読書教育に携わる人に一冊だけ薦めるなら『読書効果の科学』かな。というのも、基本的には学術的な知見をまとめた本なので、一冊で読書の効果研究を概観できるから。加えてこの本の売りは、そこから導かれる読書教育の3原則のシンプルさ。実践現場で活用するには、この3原則を自分で押さえて、プロフェッショナルである教員が、自分の塩梅で教室で応用すればいいだけなので、具体的アドバイスを全部覚えるよりもかえって使いやすいんじゃないかな、というのが僕の見立てです。また、行動遺伝学の知見に読書研究の立場から答えている記述が一番厚いのも『読書効果の科学』。親向けだからなのか『すごい読書』ではさらっとしか書かれていないけど、教育者としてはちゃんと見た方が良い要素です。
そして最後に、本書『すごい読書』は、やはり親向けの本と言えるでしょう。手っ取り早く具体的アドバイスを知りたい人にはパート5以降だけ読めばいい作りになっているし、読書研究のおおまかな知見と親としての視線が絶妙にマッチしたバランスの良さは、この本ならではのもの。親向けの本としては、ここが一番良いはず。「原則とその根拠を教えてくれれば、あとは自分で応用するよ」タイプの人には『読書効果の科学』もいいけど、実際には、『すごい読書』のアドバイスをいくつか実現できたら、もうそれで十分なんじゃないかな。体裁もいちばん一般向けに読みやすく作っていますしね。
それにしても、論文を生産し続けるガチの研究者でありながら、異なる読み手向けに異なるテイストの一般書を出し続けるその筆力には驚嘆のひとこと。国語科教育も学校図書館教育も、猪原さんの知見に大いに学んでより良い読書教育を推進できたらと、その一員としてあらためて思いました。



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