作家ノートはどう使われているの?ある生徒の場合。

昨年度の「作家の時間」で個人的に考えたい問題だったのが「Chromebookを使う風越の子にとって、アナログの作家ノートはどんな価値があるのか?」という問題。下記エントリで書いたように、現段階では僕は「多くの経験の浅い書き手にとっては、いきなりChromebookを使うよりも作家ノートを使う方が、認知的負荷が減って書きやすくなる」と考えている。

Chromebookで書く時も、紙の「作家ノート」は役に立つのか?

2020.10.10

この春休み期間に昨年受け持った生徒の作家ノートをせっせと見ていたら、充実した作家ノートがあった。このノートの持ち主は、かなり書く力のある子。おまけに、昨年10月に3月までの目標を決めた時に、作家ノートを活用できるようにすることを目標に掲げた子だ。だから、平均的なあり方とは言えないのだけど、作家ノートの使い方が面白かったので、本人(仮にAさんと呼ぶ)の許可を得て個人的備忘録としてこちらに掲載しておきたい。

ちなみに、作家ノートに関する本はライティング・ワークショップの本場である英語圏に多い。下記の本はキンドルなら450円。ポチってしまいました。

目次

題材を探すノートとして使う

作家ノートが活躍する典型的な場面は、「書く前」のアイディアを練る段階だ。

書きたいことリスト

なかでも、書きたいこと、書けそうなことをリストにして題材を探すのは典型的な例だろう。

このリストからAさんは、「動物」と「本」という候補の題材を2つ取り上げ、メリットデメリットを比較している。

比較の最後には「でもとりあえず書いてみるしかないよな!」と自分自身に勢いをつける一言。こんな風に作家ノートに「つぶやき」を書く子はけっこういて面白い。

理想の作品イメージを書く

物語を書く前に「情景を美しく、読者を完全に入り込めさせるような書き方をしたい。少し切なくて悲しいお話を書いてみたいな〜」と理想のイメージを広げている。

読むことと書くことを繋げる

上の書き込みでは、アイディアを考える段階で、参考になる作品として「読書家の時間」で読んだ『怪物はささやく』と『きみの友だち』の名前も挙げられていた。この生徒のように、読むことと書くことを繋げる意識が強い子は上達も早い。

短歌を詠む時にも、同じように自分の好きな作品のメモから題材を考えている。こんな風に作家ノートは読書ノートと並び、読むことと書くことを繋げる場所としても機能している。

Aさんの場合、題材を練る時だけでなく、情景描写などの参考にも他の作品をメモしていた。

構想を練るノートとして使う

なんとなく方向性が定まった後に、より詳しく構想を詳しく練る段階でも、作家ノートは活躍する。

5W1Hを使って構想を練る

例えば、物語の構想を練る時に5W1Hを使って構想を練る。

人物関係図を使って構想を練る

物語の場合、人物関係図を作って構想を練る子も多い。どうも、関係図を作ること自体にも楽しさがありそうだ。

登場人物のプロフィールを作る

同じく物語の場合、登場人物のプロフィールを作ることも。これも、人物が活き活きと動き出す良い方法だと思う。

書くことを試すノートとして使う

作家ノートの利用で一番多いのは、アイディアや構想を練る段階だ。風越では、実際に文章を書く段階になるとChromebookを使う子が多い。ただ、Aさんの場合は、下書きの段階でも作家ノートをもう少し積極的に使っている。

書き出しを色々と試す

カンファランスしていた時にも面白いなと思ったのは、書き出しをノートに3パターン書いて、どれを採用するか考えていたこと。パソコンで書くとどうしても思いついた書き出しでそのままスタートしちゃうので、このようにいったん違う場所でゆっくり考えることは有効だ。

表記を検討する

短歌を詠んでいる時には、どこを漢字・ひらがなにすると効果的か、表記についても作家ノートで考えていた。パソコンだとすぐに変換しがちだけど、作家ノートで表記をゆっくり考えるのも良い使い方だと思う。

行き詰まったらノートに戻る

順調に書けていても、気になる箇所やじっくり考えたいところに来た段階で作家ノートに戻ることもできる。このノートは、Chromebookで執筆中に最後の結末をどうしようか考えたくなって、紙のノートに戻ってきた部分。

下書きを書いて表現を吟味する

Aさんは、1月のフリージャンル作品で物語を書く時には、作家ノートを徹底して使っていた。下書きも一度書いて表現を吟味しているのがわかるだろうか。「帰宅」を「放課後」になおしたり、「どこまでも続く快晴の空」を「まるでトルコ石を一面に広げたような快晴の空」になおしたりしている。

余談だが、Chromebookではなくてこうやってノートに下書きを書いてくれると、教える側としては推敲の過程がはっきり見えるのでありがたい。まあ、ノートに下書きをしてからパソコンで清書すると、生徒からしたら面倒なので、強いることはできないけど…。

調べた資料をメモする

意見文を書く時には、Aさんは調べた資料をメモする場所としても作家ノートを使っていた。

ゆっくり考えるためのメディア、作家ノート

こんな風に作家ノートを活用していたAさん。年度末のふりかえりでも、作家ノートをしっかり活用できたと語り、その効果も実感しているようだった。Aさんに限らず、作家ノートを使って、パソコンの「外」で考えたり、読むことと書くことを繋げたりできている子の方が、質の高い文章を書けている実感もある。

作家ノートの大きなメリットは、「書くこと」と「考えること」を分離して、いったんパソコンの前から離れて「考えること」のみに集中できる点だろう。意識的にスピードを落として、ゆっくり考えることができるメディアなのだ。

4/5追記)書き手としての自分をつくる

ある方がこのノートに「自分と向き合っている感じ」とコメントしてくださったけど、確かにAさんは、作家ノートを使うことで「書き手としての自分を作っている」ようにも見える。プロセス・アプローチである「作家の時間」の大きな特徴を、僕は最近、「書くサイクルを何度も体験し、ふりかえることを通じて、書くことそのものや書き手としての自分を探究する」と説明しているのだけど、Aさんの場合はその探究の道具として作家ノートが機能している印象がある。

作家ノート、今後はどうなる?

ただ、じゃあどの生徒もずっと作家ノートを使うべきなのか、というと、それはどうかわからない。おそらく、書く経験が浅い書き手にとっては、使わないよりも使う方が有効な生徒は多いだろう。でも、書く経験を積んで、書くことの認知的負担が低くなれば、ノートが活躍する場面は減ってくるかもしれない

例えば、僕の場合も測量野帳を作家ノートを使っているが、ノートに書くのはアイディア程度で、構成や文章そのものはパソコンに直接入力しながら考えることの方が多い。ただし、ある程度全体の構成をしっかり考えないと書くのが大変な文章の場合はそうではない。事前にしっかりとプランニングをしてから書く。要は、自分の認知的負担と相談しながら、作家ノートの使い方を(あるいは使うかどうかを)変えているのだ。

それと同じで、Aさんも、今後文章を書くことに一層慣れていけば、文章を書くときの認知的負荷が軽減されて、作家ノートを使わなくてもあれこれ考えることができるようになるかもしれない。もちろん、やはりノートを使った方がより丁寧に、ゆっくり考えることができる点では同じなのだから、今後もノートを使い続けるかもしれない。どんな選択をするかはAさん次第で、どっちが正解というものでもない。自分の認知的な負担と相談をしながら、作家ノートを使うべき時を判断して、上手に作家ノートと付き合ってくれたらいいなと思っている。

ともあれ、いろいろな作家ノートの活用法を見せてもらえたことは、僕にとってもありがたかった。Aさんにありがとうと伝えて今回のエントリを締めくくりたい。

 

 

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