[読書]まさに授業大全!ゆっくり何度も読むのがおすすめの、石井英真「授業づくりの深め方」

石井英真「授業づくりの深め方」は、まさに「授業大全」とでも呼びたくなる本だ。授業づくりに関する様々な角度からの知見が詰め込まれていて、読んでいて付箋を何箇所も貼ってしまう。この厚み(384ページ)と充実度で3000円程度の値段は、正直安い。手元に置いて時折めくるのに好適の本だろう。ただし、ここに書いてある全部をやろうとするときっと倒れるので、ご利用は計画的に。

目次

「授業づくりの5つのツボ」を踏まえて

本書は副題に「『よい授業』をデザインするための5つのツボ」とあるように、良い授業デザインの5つの原則を押さえて、そこから「教科する」(do a subject)授業の作り方を論じていく本だ。その「5つのツボ」とは次の5つである。

  1. 「目的・目標(Goal)」を明確化する
  2. 「教材・学習課題(Task)」をデザインする
  3. 「学習の流れと場の構造(Structure)」を組織化する
  4. 「技とテクノロジー(Art&Technology)」で巧みに働きかける
  5. 「評価(Assessment)」を指導や評価に生かす

それぞれについて詳述はここでは避ける。だが、どれも大事な視点であることは言うまでもない。個人的には、③の「ヤマ場のある学習の流れのデザインを作ること」や「子どもの学びに空間のデザインを合わせること」「『学びのミュージアム』としての教室や学校の空間の持つ可能性に目を向けること」などの話題が特に印象的だった。とりわけ、ライブラリーや国語の授業で使う教室を「学びのミュージアム」にする意識、去年よりは今年の方がマシだけど、まだまだ足りていないと思う。今後も意識して取り組んでいきたい。

伝統的な一斉授業の良さを現代へ

本書のユニークな点は、こうした5つのツボが、あくまで教科をベースにした日本の伝統的な一斉授業の良さを見つめることで抽出されたものだ、ということだ。つまり、新しい教育の潮流やカタカナ用語の外国の教育方法ではなく、日本の各教科の優れた授業実践を博捜することで発見されたツボなのである(その本書の性格を象徴するかのように、巻末のブックガイドも充実している。読んでない本だらけ…)。

そして、その伝統的な一斉授業の良さを見つめつつも、その土台が近年崩れていることも筆者は認めている(p297)。価値観やライフスタイルの変化、SNSなどのコミュニケーション環境の変化により、子どもたちの思考や集中のスパンは短く、コミュニケーションもソフト化して、クラス全体の凝集性を高める「学級集団」の成立は困難になっている。こうした「弱いつながり」志向に対応して、教師個人のアートから学習のデザインへ、クラス全体の練り上げから小グループの創発的コミュニケーションへと変化すべきと論じている箇所は、僕にとって本書の最も面白かった箇所の一つだ。

こうして、伝統的な一斉授業の良さを認めつつも、それを現代に応じて変化させたものが、筆者の言う「教科する」(do a subject)授業ということになる。「教科する授業」については本書第8章に詳細に書かれているので、どんなものかご覧いただきたい。

細部への言及もさすが、だが…

以上に書いた、「伝統的な一斉授業から5つのツボを抽出し、現代に応じてそのツボを踏まえた「教科する」授業へ」という全体の構想もさすがだが、一方で、細部への言及も欠かしていない。たとえば評価を扱った第7章では、「指導と評価の一体化」の重要性を指摘しつつ、一方でそれが子どもの日常を評定の眼差しで見つめる「指導の評価化」になってはいけないこと(p234)、目標には準拠するが、その目標に囚われてはいけないこと(p235)、「主体的に学習に取り組む態度」のような情意領域の評価については、その子の性格や行動面の性向とは切り離して、問いと答えの間に粘り強さが要求される課題を設定することで、「思考・判断・表現」と合わせて評価すべきこと(p245)など、こちらが引っかかりそうな箇所をあらかじめフォローするような論理展開で、その隙のない細部への言及はさすがである。

しかし、である。「さすが」と思いつつ、「こうすべき」「こうすればこれができる」「こうもするが、そのせいでこうはならないように注意すべき」という話が続くと、読んでいてお腹いっぱいになるのも事実だ。「いや、自分にはそんなの無理ですよ…」「そもそもそんなスペシャルな人間じゃないですし…」「勤務時間内に終わりませんし…」「そんなお給料ももらっていないわけですし…」と言いたくなる気分に、正直なところ何度も襲われた。授業法について網羅的に言及している「授業大全」が故の贅沢な注文だろうか。でも、同じ授業や評価の本としては、関田一彦・渡辺貴裕・仲道雅輝『教育評価との付き合い方』の方が、読んでいて面白くて元気が出るのは確かである。

[読書]「評価、どうしよう?」と考えたくなる好著。関田一彦・渡辺貴裕・仲道雅輝『教育評価との付き合い方』

2022.11.23

自分の成長に合わせて、ゆっくり、何度も読む本

本当のところ、筆者は「良い授業」づくりの5つのツボを全て同時に追求せよとは言っていない。「5つのツボそれぞれについてどのアプローチを選択するのが妥当かは、その教師がめざしたい「理想の教師像」に規定されます」(p19)と述べているように、個々の教師がこの5つのツボにどの順番でどうアプローチするのかは、その人のキャリアデザインによって選ばれる自由度があって良い、と考えていると思う。とはいえ、本書の内容はあまりに網羅的で、しかも一つ一つが正しく思われる。それだけに、読んでいて僕も「卓越した教師となるべく日々追求せよ」と言われているような気がして、疲れてしまうのも事実である。だから、若い世代の教師に伝えたいのは、この本の全てを決してまじめに追求しようとはしないこと、ということ。この本は、とても優れた、かたわらに置いておくべき本であるのは間違いない。でも、いきなりこの本に真正面から取り組んだら、ちょっとしんどくなってしまうだろう(僕はしんどい)。どこかのコツに重点をおきながら、自分の成長に合わせてゆっくり、何度も読んでいくと良い本ではないかと思う。

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