6月を迎え、一年間の留学も残り3ヶ月となった。9月1日には僕はもう勤務校の二学期始業式に、そこにいるのが当たり前の顔で戻っている。満月をあとたった3回見たら帰るのだ。まだまだエクセターでやるべきことはあるのだけど、少しずつ「帰国」が現実味を帯びてきた。そうして、最近はそのことにネガティブな気持ちが強まっていることに気づく。今日はその気持ちを書き留めておく。
本当に素晴らしいこの一年。人間らしいゆったりした暮らし
この1年間は、(これまでのところ)本当に素晴らしい1年間で、間違いなく僕は30代の最良の日々を過ごしている。やっぱり学生には時間がある。そして、学生に限らずイギリスは(少なくともエクセターは)仕事やお店が終わる時間が日本よりずっと早く、夜は家庭やパブで過ごす人が多い。だから、勢い家族や友人と一緒にいる時間が増える。
そして、もちろん自分の経験を一般化するつもりはないけれど、こちらの生活で僕が実感したのは、やっぱり夫婦や家族が一緒にいる時間が長い方が、その関係も良好になるということだった。特に夫婦関係については、結婚14年目で僕たち夫婦はいま最も仲が良いと思う。最大の原因は、心にゆとりを持って一緒に過ごす時間が増えたこと、だ。
イギリスの田舎町であるエクセターは、もちろん日本に比べるとサービスはずっと悪い。お風呂のお湯だって未だに出たり出なかったりがある。従業員の対応なども含めて、いろいろな品質は日本の方が圧倒的に素晴らしい。でも、この年齢になって初めて日本社会の外側で暮らしてみると、日本社会の「過剰なサービスを要求しあってお互いに首を絞めあっている」側面も、くっきりと見えてしまう。それよりは、僕はもっと人間らしいゆったりとした生活を送りたい。
帰国して仕事に戻ったら…難しくなってしまうこと
帰国したら、子供達は前に通っていた小学校に編入する。学校の勉強や、集団行動のプレッシャーも強くなるだろう。もう子供たちとこんな風に手をつないで、緑豊かな朝の道のりを遊んだり歌ったりしながら、30分以上も一緒に小学校に送り届ける日々は来ないだろう。仕事に復帰すれば、毎日夕食を家族揃って食べるなんてことも難しくなるだろう。夜には妻と一緒にお茶を飲んだりしながら、色々な話をする時間も取れないだろう。僕の職場は東京なので、あの満員電車にもまた揺られないといけない。自然豊かなエクセター大学のキャンパスとは、周囲の環境は比べるべくもない…そういうあれこれを思うと、正直な所、どうしても後ろ向きな気持ちが出てきてしまう。帰国便を予約した時にそれを告げたら子供達は「帰りたくない!」と泣き出してしまったけど、まあ、その気持ちを僕も共有していないわけではないのだ。
こういう気持ちになるのは、今そう思えるほど良い日々を送れているということでもある。留学する人は毎年たくさんいて、その多くは帰国後もしっかりと日本社会に馴染んでいるわけだし、たった一年の留学経験で感じたネガティブなモヤモヤなんて、帰国すればきっとすぐに忘れてしまうのだろうと思う。すでに帰国後の分掌の仕事は決まっているし、二学期以降の土曜日の予定もかなり埋まってきている。仕事は仕事で楽しいし、帰国したらやりたいこと、試してみたいことだってある。その楽しさや日々の授業準備をするのも精一杯のような忙しさの中で、「ああ、あの頃はそんな風に考えていたっけ、でもどうしようもなかったよね」くらいになってしまうのだろう。きっと、留学や海外赴任した人の多くが通っている道に、もう1人の通行人が加わっただけ、ということになるのだ。
忘れた方がいい?忘れたくない?
せめて帰国したら毎日定時退勤を目指したいのだけど、急な生徒指導はともかく、例えば夜6時から打ち合わせを入れられたりした時に、「勤務時間外なので」としっかりと断れるだろうか。まあ、基本的に空気を読まないキャラではあるのだけど(だからこそこんな自己都合での休職を申請したのだけど)、それにしてもこれは嫌がられるだろうなあ…。日本社会で、しかも教員として働いている以上、「プライベートを大事に」とか「のんびり夫婦で」なんて忘れたほうがいいよ、これは1年間の夢だったよという気持ちと、自分の人生にとってとても大切な発見を忘れるのは嫌だな、という気持ちと、今の僕には2つともある。
エクセターでの残りの日々を精一杯楽しんで頑張ることと、気持ちに折り合いをつけて、前向きな気持ちで帰国すること。そんなことを目標にしたくなる、留学生活残り3か月。帰国するまでに、今は二項対立に見えてしまっている「仕事」と「家庭」が、そうならなくなるような見え方ができるのだろうか。期待もしたいけれど、不安を抱えてもいる。