ブログにアクセスできなくなってだいぶ間があいてしまい、久しぶりの更新です。今回は読書レビュー。近年、猪原敬介さんや飯田一史さんなどが読書に関する本を出されていますが、それにもう一冊加わりました。桜井正成さんの『読書スタディーズ』。猪原さんが、「読書の効果」を中心とした読書研究の知見を主に教育の文脈で語ってくれ、飯田さんは社会調査の結果などを用いて「読書離れ」や書店などの現代的現象について論じたとすれば、この桜井本は、読書がそもそもどのような社会的実践なのかを、猪原本と同様に研究知見から面白く語ってくれます。
読書は社会的な営みである
この本で一番印象深かったのは、「読書は社会的な営みだ」というメッセージが、いろんな章から伝わってくること。「自分は読書家である」との自認(読書アイデンティティ)が社会的に作られるものであり、かつ、属する集団の文化にも影響されること(第2章)、本の選び方にも友人や仲間との関係性が影響すること(第3章)などからはじまり、趣味としての読書の語られ方(第6章)、読書コミュニティの持つ意味(第7章)、そして読書に関する社会的正義の問題としてのアクセス権の問題(第8章)と、ほぼ全体にわたって社会的存在としての読書について議論している。そうそう、三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』で知られた労働と読書の関係についてもふれられていた(第5章)。ここまで社会的存在としての読書にここまで特化した本ってあまり知らなくて(初めて?)、この切り口が本書の大きな特徴だと思う。もともと筆者が社会学的アプローチでコミュニティを研究しており、コロナ禍以降にそこから読書研究に参入してきた経緯も大きいのだろう。これまでの読書術やエッセイ的な読書論とはだいぶ違う。
興味深い! 誰かと一緒に読むことの効果
いろんな章の中で一番好きなのは、読書アイデンティティをめぐる第2章。どんな人が「自分は読書家だ」と自認しやすいのか、また、そうした自認は何に影響されるのかという問いは興味深い。
そして、この章のなかでもとびきり面白かったのが、読書会参加者のアイデンティティの変容を追ったダンカンの研究だ。ひとつの小説をめぐってみんなでわいわいと語らうことが、参加者の読書に対する認識をどう変えたかを追う研究で、元の博士論文を読んでみたいと思う(読めるかは別として)。またダンカンがこの変化を「介入によって読み手になった」と短絡的に結論づけるのでなく、「読書アイデンティティ連続体」という幅のなかで理解しようとする射程の長さもいいな。本書、第7章に書かれたシェアード・リーディングでも、一つの短い文章をみんなで精読することが、読書アイデンティティを改善し、加えてセラピー効果もあることが紹介されている。こういう「読書会の効果」的な研究は初めて見たので、面白いなー。
そしてこのへんの話は、人々が自分の書いたものをシェアする「ライターズ・サークル」でも似たような現象が起きるんじゃないかなって、個人的には感じている。自分の過去の経験をもとにいえば、書くことも一定の自己開示が必要で、その緊張もともなうけれど、たとえば自分の作品を誰かに音読してもらったとき、自分の作品の感想を受け取ってもらった時の「受け入れてもらった感」はとてもあった。お互いのちいさな秘密を共有しあうような親密感が、そこでは生まれたものだ。社会的営みとしての書くことに注目するときのヒントを、本書にもらったような気もする。
社会的構築物としての読書を一歩ひいて考える
そして、この本が読書教育の本ではないことは百も承知なのだけど、僕は読書教育者でもあるので、どうしても教育的関心にひきつけて考えてしまう。
2024年の猪原さんの『読書効果の科学』や、それをより一般向けにした『科学的根拠(エビデンス)が教える子どもの「すごい読書」』(2026)は、読書の効果をきっちりと出しつつ、でもその効果の穏やかさや限界にも触れて、「効果はあるけど、冷静にとらえようよ」と呼びかける本だった。
それに比べると本書はさらに一歩引いて「読書ってそもそもなんだっけ?」を問いかけてくる本だ。しかも主に成人の読書を対象にしているのもよい。僕もふくめて、学校教員や保護者はつい「読書は早ければ早いほどよい」とばかりにあせって自分の責任で読書習慣を…と思いがちだ。でも、読書がそもそも家庭や学校だけで完結しない、メディアをふくむさまざまな社会的要素から成立する事象であり、大人になってからもそれは変容しつづけることを知ると、肩の力が抜けると思う。読書は決して個に閉じた「能力」ではないし、読書アイデンティティは生涯不変なわけではない。そうやって視野を長く持った時に、読書という現象は、もっと軽く、面白がれるのだと思う。

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