西郷竹彦が名詩と呼ばれる詩を読み解く技法を解説した全7巻シリーズ、「名詩の世界」を読み終えた。前にも読んだことあってその時は後半流し読みだったんだけど、今回再読。やっぱり勉強になる本で、小学校や中学校の授業で詩を扱う方には特にお薦めしたい。
何しろ、小学校や中学校の授業で使える平易な詩が多数収録。しかも、それらの詩を読む着眼点がこれでもかと出てくるのだ。「直喩」「隠喩」「倒置法」のような用語を解説する以外に、詩をどう教えればいいかわからない、という方の勉強にはぴったりだと思う。
目次
西郷文芸学の入門書であると同時に、詩の入門書
この「名詩の世界」シリーズ、一義的には、文芸学者の西郷竹彦が理論化した「西郷文芸学」の入門書としての性格を持つ。つまり、さまざまな詩を例として使いながら、西郷文芸学の理論の体系を示すことが、本書の目的の一つ。様々な文芸作品を構築する理論を構築しようとしたその試みに、まずは圧倒されてしまう(何しろ僕は他人の文学理論を受け入れる一方ですからね…)。その理論には「語り手」「視点」のようなお馴染みのものもあるけれど(ただし、やや意味がずれていることもあるので注意が必要)、仏教思想に影響された、彼が独自に定義・理論化した言葉も多く含まれていて、賛成するかどうかに関わらず興味深い。
そして、この本が多くの読者にとってさらに有益な点は、自らの理論を説明する手段としてたくさんの「詩」を用いているため、名詩のアンソロジーにもなっているということ。このシリーズを通読していけば、多くの名詩に、それを読み解く理論と一緒に出会えるのだ。
しかも、同じ詩が、読み解く視点を変えて何度も出てくる。ある時は「語り手」という視点から、ある時は「比喩」の視点から、ある時は「筋」の視点から。なんども同じ詩が扱われるので、巻を読み進めるごとに自分の理解も深まっていく仕組みになる。
特にお薦めしたいのは「比喩」を扱う第3巻
全7巻でも僕が特に参考になったのは「比喩」が中心的に扱われている第3巻である。
この人の比喩に対する考えは「比喩とは現実に起きていることのわかりやすい説明ではない」という姿勢が徹底されていて、僕がもう何年も前にこの考えに触れることができたのはラッキーだったなあと思う。例えば、この本でもよく出てくる事例だと、三好達治の「土」を読んだ時に、
土
三好達治蟻が
蝶の羽をひいて行く
ああ
ヨットのやうだ
「蟻が蝶の羽を引いていく様子が、まるでヨットのようだと思ったという詩」で終わらせてしまうと、ただの「現実に起きたことの解説」である。「現実を超えて、この比喩がどのような虚構世界を構築しているのかを読むのが詩を読むということだ」ということを、西郷さんは何度も強調している。
全7巻はなかなか長いけれど…
以前に読んだときも第3巻くらいまでは真面目に読んでいたこのシリーズ。今回も、4巻以降はややだれてしまった。だって、同じこと何度も繰り返してるんだもんなあ…。でも、「また同じことが出てきた」と思うくらい、定着しているということなのだろう。一つの詩を色々な角度から読み直すという観点からいえば、この冗長さは必要なのだと思う。
今回は全7巻をちゃんと飛ばさずに読み通して、改めて読んでよかったなあと思った。アトウェルは「詩は短く、さまざまな言語技術が使われているので、ミニ・レッスンに最適」というスタンスだったけど、僕もこのシリーズを読んで、詩には多くの技術が使われていることに、改めて気づかされた。もちろん中にはあまり賛成できない読み方もあったのだけど(例えば「典型として読む」とか)、別に西郷文芸学に入門したいわけでない僕としては、色々と読み解きのヒントをもらえるだけで十分である。
「詩を読む着眼点」を持つことの大切さ
「詩は自由に読むもの」という考えは一定の支持を得ているけれど、「自由な読み」の美名のもと、詩の着眼点も教えられないままなのは、読者の生徒にとっても、詩にとっても、あまり幸福なことではない。第一に、本当に「自由に読む」ことなんてできるはずがない。何も知識なく「自由に読む」読者は、結局は無自覚に自分のそれまでの経験に従った読みをしているだけなのだ。
詩の書き手にもやはり意図があって、そこにはセオリーに沿った表現の効果もある。そこはやはり押さえた上で、書き手が読んでほしいように詩を読みたい。それは、自由な読みと矛盾するものではない。書き手に寄り添って読むのも、自由な読み方の一つである。
詩は言語を使った冒険なので、現実には、この本で扱われるような「オーソドックスな読み方」から外れた詩もたくさんある(もっとも、中学までにそういう詩が学校で扱われることは少ないけれど)。でも、その「冒険」の価値を認めるにしたって、オーソドックスな表現効果について知らないといけない。知識は、多様性を認めるためにも必要なのだ。
「増補 名詩の美学」も
全7巻はちょっとなあ…という方には、このシリーズのダイジェスト版とも言える「名詩の美学」も良い。掲載詩が近現代詩の有名なものに限られてしまうのだけど、たった数行の詩を巡って10ページ以上も分析されているものもあって、こちらもとても勉強になる。
また、詩についてのブックリストとしては、以下も参照してください。