[お知らせ]島田康行・渡辺哲司(編)『教科を越えた「書くこと」の指導』、発売中です。

少しお知らせが遅くなりましたが、島田康行・渡辺哲司(編)『教科を越えた「書くこと」の指導』が8月に発売されました! この編者の名前でピンとくる方もいるかもしれませんが、同じ編者による『ライティングの高大接続』『あらためて、ライティングの高大接続』の問題意識を引き継いだ、書くことの教育の実践報告集となります。

自分も寄稿しています

そして、自分もこの本の第一章に『「書き手を育てる」ということ(1)』という題で寄稿しています。第一節と第二節は、もともとは雑誌『指導と評価』に連載していたものなので、風越学園開校初年度である2020年の実践をベースにしており、現在とはやや違うところもあります。ですが、「特定のプロジェクトには属さず、その都度一番言語活動が多そうなプロジェクトに参加」(p15)という参加のあり方は、むしろ現在よりも自分としては納得している関わり方でもあり、当時の姿を残す意味でも、そのまま掲載することにしました。

また、第三節「「書くこと」の指導をためらっているあなたへ」は、また別の時期に書くことの指導にこれから向かう若い世代の教員を念頭に書いたものだ。自分の子ども時代の書く経験や教員経験を踏まえて、書くことの指導の大変さに尻込みをしている方を励ませたらと思って書いた。出版社・編集者の許可を得て、一部だけ引用してみる。

書き手としての自分を見る

僕が自分の過去について語ったのは、決して「あなたもライティング・ワークショップをやりませんか」と誘いたいわけでも、まして「子どもの頃から書くことが好きでたくさん書いていないと、書くことの指導はできない」と主張したかったのでもありません。もっとも大切な授業づくりの原則――「授業とは、結局は授業者の好みや経験から無縁でいられないのだ」という原則をお伝えしたかったのです。こんなふうに書くことが好きだった僕は、実際のところ、書くことが苦手な子の気持ちが、本当は全くわかっていません。過去の似た子どもに接した経験から「こうかな?」と想像はできても、心から共感することはできないのです。そこは、僕がずっと抱えるしかない、僕の弱みです。逆に、書くことが苦手で嫌いだった人は、それが強みにもなるでしょう。

あなたは、どんな書き手ですか。子どもの頃、作文は好きでしたか。苦手でしたか。今は毎日どんなふうに「書くこと」と付き合っていますか。親しんでいますか。よそよそしい感じでしたか。その全ての経験が、あなたが「書くこと」を教える時の基盤となります。あなたが私になれないように、私もあなたにはなれません。作文指導の本を読むより前に、まずは、書き手としての自分を、丁寧に読みとくこと。それが、書くことを教える第一歩です。自分の感覚に嘘をつかずに、どんな指導が良いのか、時間をかけて考えていきましょう。 (p22)

ここに書いてあることは今でも本心で、誰でも、どんな教科でも、全ての授業が教師の「自分らしさ」から出発すればいいのにと思う。その対極にはもちろん学習指導要領やら社会的要請やらから出発する授業の在り方もあり、どちらにも正しさはあるのだが、少なくとも僕は、教育実践の出発点は学習指導要領でも子どもでもなく「自分」だと思っている。

さまざまな実践・論考が掲載

本書には、僕と同じタイトルでも、はるかに各方面に目配りのきいた骨太な実践を提案する渡邊久暢『「書き手を育てる」ということ(2)』や、その力技っぷりが気持ちいい(こういうの嫌いじゃなーい!)宮田晃宏『「書かせる指導」で心幹を育む』など、国語科・多教科いりまじった実践報告がある。そして、宮原清『「考える自由」がなければ書けない』という大事な提案もある。バラエティに富んだ書き手による実践報告なので、その方向性もさまざま。ぜひ、手にとっていただけたらありがたい。

 

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