[読書]今年の授業を見直すきっかけになるかも?な、2024年3月の読書

2024年3月の読書は、春休みがあったおかげもあって13冊。ここではそのうち7冊について触れるけど、いざこうやって書いたものを見直してみると、特にお仕事系読書はなんだか今年の自分の授業を考えることにつながりそうな予感がする。これは新年度の錯覚だろうか(笑)、そんな春先の読書エントリ。

目次

やっぱり良いです、安房直子コレクション第6巻

最近、読書まとめエントリの最初はずっとこのパターンな気がするけど、今月も読書記録の最高得点は安房直子の本。安房直子コレクション6『世界の果ての国へ』は、彼女の選集全7巻の6冊目だ。今回は、登場人物が不思議なもの・人に魅入られる話。ホラーっぽいものから美しいものまで。以前に文庫版選集である『春の窓』でも読んだ「日暮れの海の物語」はさすがに良かったが、今回、「火影の夢」がそれ以上の読後感を残した。骨董品店の老人が、ある船員が持ち込んだ小さなストーブと、その中で調理をする少女に魅入られていくお話。予想通りの展開ではあったけど、タイトル通りに「火影の夢」に魅入られていく老人の描写がとてもよかった。単純にハッピーエンドともバッドエンドとも言えない、美しくて悲しい終わり方。安房直子ワールド全開といった作品だ。巻末のエッセイ「言葉と私」もいい。言葉と言葉がつながって別の美しさを生む、そういう文章を読む喜びをていねいに描いたエッセイで、「そうそう!」という気になる。

この第6巻。安房直子コレクションの中でも相当上位の巻で、はじめて安房直子作品にふれるなら、第2巻か第6巻を勧めたい気持ちです。

遺伝の影響を認めた社会の構想へ。『遺伝と平等』

ノンフィクション本からは、キャスリン・ペイジ・ハーデン『遺伝と平等 人生の成り行きは変えられる』。去年から安藤寿康さんがらみで読んでいる、行動遺伝学の本。ロールズの「自然くじ」の考え方を援用して「遺伝くじ」(原題:The Genetic Rottery)概念を提唱し、遺伝が社会のあり方と連動してさまざまな社会的成功に深く関わる事実をまずは認め、その上で、遺伝くじと自然くじによって不平等が拡大しないように新たな社会を構想している。ロールズの影響下にある本だけど、具体的にどんな社会なのかシステムの部分がほとんどないので、そこはもうちょっと知りたかったな。社会の進む方向として共感はするけど、今のところ、具体的な実装の提案というより、立場の表明に留まっている気もする。

面白かったのは、p267-で、下の本で有名なワードギャップ(3000万語の格差)問題をとりあげて、相関関係を因果関係と読み替えて、遺伝の影響を考慮していない点を指摘していること。なるほど、たしかに親の遺伝の影響はあるから、養子関係で調査するとか、遺伝の影響をコントロールする必要があるんだな…。言語の発達には環境要因がとても大きいけど、その環境さえも親の遺伝の影響を受けている、というのがシンプルな説明なのかも。

あと、もう一つ面白かった指摘が、「我々はまず相手に責任を負わせたいかどうかを決めてから、それにもとづいて、遺伝学的説明を拒否したり受け入れたりする」という指摘。遺伝的理由で鬱傾向の人は責められなくても、遺伝的に衝動性や暴力性が高い人は責められる。性的指向では、LGBTQと幼児性愛者にはどちらも遺伝の影響が大きいけど、社会における扱われ方はだいぶ異なっている。結局、遺伝という事実をどう評価するのかは社会の側ってことだよな…。そうなると、やはりどんな社会を作りたいのか、が大事な気がする。

森田訳の『センス・オブ・ワンダー』が登場!

ノンフィクションでもう1冊。レイチェル・カーソン著、森田真生(訳とそのつづき)『センス・オブ・ワンダー』。独立研究者の森田さんがカーソンのエッセイを訳して、それにインスパイアされたエッセイを書き継いだ、話題の新作である。

実は僕は、もともと上遠恵子さんの旧訳が好きで、特に文庫ではなく下の単行本での表紙写真がとても好きだった。

でも、森田さんの本の装丁もいいなあと思う。もともとの上遠訳で好きだった3章のメイン州の雨の森の描写、こちらの本でもとても素敵だ。そして後半の、全ての生き物の響き合いを祝福する森田さんの内容のエッセイが、読むこと(翻訳すること)と書くことの響き合いで生まれていくのもいい。

ところで、この森田さんが4月20日に軽井沢に来ます!大賀ホールでトークライブ。軽井沢の「ひとり出版社」、あさま社さんの企画です。学生無料のふとっぱら企画なので、我が家は一家総出で参加予定。東京からも1時間なので、ぜひおいで〜。あすこまの知り合いの方がいらっしゃるようでしたら、ぜひご連絡ください。

軽井沢本の學校【第6回】 森田真生さんトークライブ 僕たちはどう生きるか−−『センス・オブ・ワンダー』の翻訳から見えてきた世界

https://peatix.com/event/3872055?lang=ja

今年の自分に影響しそうな、仕事関係の本3冊

お仕事系読書からは、授業づくりネットワーク47号「揃わない前提の授業とクラス」を。話題でAmazonでも在庫僅少だそう。今の自分が直面してる状況でありどの記事も興味深く読んだが、「揃えたくないこと」と「揃えたいこと」の葛藤を書いた田中博司さんの文章は共感しかない。こまちだたまおさんの実践ももっと具体を知りたくなる。巻頭の石川晋さんの指摘「活動型授業の冒頭のインストラクションは、一斉授業の残滓。そこを見直してみる」(大意)は刺激的な提案だが、例えば作家の時間の冒頭でミニレッスンや共有の時間をしないことに、どの程度のメリットはあるだろうか。あれは読み書きの世界への入り口としての機能を持つだけに、そこをあえてシームレスにするメリットが、今の自分には体感できてない。そこはもうちょっと考えたいな。

それと、藤森裕治・編『これからの国語教育はどうあるべきか』。オムニバスならではの、自分で文脈をつくって読む面白さがある。ブログにもすでに書かせてもらったけど、いま一つどれかをあげるなら、やはりりんちゃんこと、甲斐利恵子「子どもたちと戯れながら言葉の学びを創造する」。「なんでも受け入れてくれそうなところ」(うちの息子によるりんちゃん評)がある彼女の人柄が、彼女の国語教室の起点になっていることに、あらためて気付かされるエッセイだった。

ところで、いまこのエントリを書きながら同時に首藤久義『国語を楽しく』を読んでいる。『揃わない前提の授業とクラス』と、『これからの国語教育はどうあるべきか』りんちゃんの原稿と、そして首藤さんの本はとても響き合う関係であることに驚いている(『これからの〜』には首藤さん自身の論考もある)。こういう「タイミング」って自分の経験上かなり重要で、今年は自分の授業を見直す時期かもしれないな、と思う。

こんなところに文豪が….!の山読書

「山読書」からはこの1冊、富山県警山岳警備隊『富山県警レスキュー最前線』。富山県警山岳警備隊の隊員によるエッセイ集で、剣岳や薬師岳を中心とした、北アルプスの立山連峰エリアでの救助にまつわる手記がたくさん載っている。「室堂ダービー」に代表される厳しい新人訓練の話、様々な救助活動の話(105キロの体重を背負って歩き、ぎっくり腰になる)、意識不明の女性を背負って運んでいたところ、急に重くなって、おそらくその頃に死んだのだろうという話、訓練中の殉職の話…など、とても興味深い山のレスキューのエピソードが山盛り。

しかし、驚くべきは「はじめに」にあたる富山県警本部長・伊藤泰充「平坦な男たち」。今時珍しい、漢文脈の香りがする格調高い名文で、何気なく開いたら「何この人…文豪?」とびっくりしてしまった。最後まで読んでも、結局この文章が一番素晴らしかったなあ….(笑)

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