恩田陸『蜜蜂と遠雷』は、国際ピアノコンクールに挑むピアニストたちの群像劇。読書中に直木賞受賞のニュースが飛び込んできたけれど、それも納得の面白い小説だった。
目次
恩田陸『蜜蜂と遠雷』特設サイト
http://www.gentosha.jp/articles/-/7081
カザマ・ジンが断然の主役かと思ったら…
物語のオープニングを彩るのは主人公の一人・16歳の風間塵。弟子を取らない世界的な音楽家、故ユウジ・フォン=ホフマンが晩年にとった弟子であり、審査員を試す「劇薬」「天からのギフト」としてピアノコンクールに推薦した少年である。父親は養蜂家。自宅にピアノがなく、音楽学校での教育を受けたこともなく、各地を転々としながらピアノを弾き、「音楽を広い場所に連れ出す」若き天才。
こんなキラッキラのプロフィールを持つ「蜜蜂王子」が冒頭に鮮烈な印象を与えるので、「この天才少年が主役のお話かあ」と思って読んでいたら、違った。他にも、魅力的な人物が何人も出てくるのだ。
物語を彩る魅力的な登場人物たち
コンクールの優勝候補最右翼が、名門ジュリアード音楽院出身で、真摯に「現代のクラシック」を追究するアスリート型のピアニスト、マサル・カルロス・レヴィ=アナトール19歳。『ガラスの仮面』の姫川亜弓みたいな「最強のサラブレッド」役。真のプロフェッショナルを追究する真摯なマサルは、ジンや栄伝亜夜というライバルの力を素直に評価し、自らの成長の糧とする。
マサルにとってのキーパーソンである栄伝亜夜は20歳。母の死とともに表舞台から姿を消したかつての天才少女。「母の死を乗り越えての感動の帰還」あるいは「落ちぶれた天才少女」というストーリーを勝手に期待する周囲の視線に耐え、自分はなぜピアノを弾くのかと問いかけながらコンクールに戻ってきた彼女の自己探究は、どんな道を辿っていくのか。
お話の主旋律を作るのは、ここまでに登場した文字通りの「若き天才ピアニストたち」3名。それに対して、もう一人の焦点人物・高島明石は28歳。音大出身でかつて大きなコンクールで5位入賞した経歴を持つが、今は楽器店勤務の一児の父のサラリーマン。自分の子供が大きくなった時に「お父さんが本物の音楽家だった」証を残そうと、夜の睡眠時間を削ってこのコンクールに挑戦する。彼の不安、もがき、一方で自分の才能を信じる気持ち、年上だからこそできることがあるというプライド。僕が最も応援してしまったのは、当然この人だ。
この4人。ある意味では「いかにも」な型にはまったキャラクターという気もするが、その魅力はそれぞれにまばゆい。この輪の最も中心にいるのは風間塵で、「蜜蜂王子」の彼の天衣無縫な才能が蜂のように触媒となって、周囲の人たちの才能や新たな側面を引き出していく。お互いがお互いを伸ばしあっていく物語の展開は、青春ライバルストーリーの王道だ。
他にも、エントリーナンバー1番の重圧に耐え続けるアレクセイ・ザカーエフや、優勝候補の一角と目され、マサルに恋心を抱くジェニファ・チャンなど、小さな脇役にもそれぞれのストーリーがある。三次予選でザカーエフくんがんばれ!と応援した読者も少なくないはず。
音楽を「風景」にする筆力
『蜜蜂と遠雷』でもう一つ印象的なのが、音楽がこんな風に描けるのかということだった。以前に『羊と鋼の森』を読んだ時も思ったことなのだけど(下記エントリ)、音が「風景」として、生き生きと描写されているのだ。映画を見ているような、オーケストラが響いてくるような、圧倒的な描写力だった。
物語中の白眉は、コンクール用の課題曲「春と修羅」が課された第二次予選。4人の主人公がそれぞれの解釈でこの曲を弾いていくのだが、彼らが思い描く「春と修羅」のテーマの違いに応じて、同じ一つの曲とは思えないバラエティに富んだ展開になっていく。一つの楽譜からこんな風に違う景色が描かれることに驚く暇もなく、どんどんページがめくられていく感じ。この曲の魅力を一番引き出したのは、果たして誰か?
『羊と鋼の森』とセットでどうぞ
4人の魅力的なキャラクターと、音楽の絵画的で映像的な描写。『蜜蜂と遠雷』は、二つの魅力で、若い天才たちの群像劇をみずみずしい感度で描ききった青春小説だ。派手な展開で息もつかせないし、登場人物も若いし、『羊と鋼の森』よりも生徒に好まれるかもしれない。好みはあるかもしれないけど、ピアノを題材にした2つの小説、どちらもとても魅力的。ぜひセットで読み比べてみてください!