『漢字学習アイデア事典』の著者・栗林育雄さんの新刊『漢字4コマ学習法』が刊行された。
前著『漢字学習アイデア事典』は、子どもたちが漢字学習への興味を持つゲームやクイズが満載の本で、僕もおおいに参考にして、ブログにも書いたことがある。その著者の本の新刊なので、期待して手にとった一冊だ。
そして、本書の特徴をひとことで言うと、漢字の字源を参考にして、子どもたちが自分で漢字のネットワークを作ることを目的に指導する学習法である。個人的に「字源の妥当性にどこまでこだわるか」という点で、教えられた本だった。
目次
字源をもとに漢字を解釈する
本書の「漢字4コマ学習法」とは、漢字を構成する単位である部首や音符を「基本アイテム」と呼び、その基本アイテムの組み合わせを用いて、漢字の成り立ちを4コマにわたる変化でおさえよう、という学習法である。これだけだと、よく漢字ドリルにも字源や成り立ちの解説は載っているので、それと何が違うのかという話になるかもしれない。しかし本書の目的は「成り立ちを解説すること」ではなく、「成り立ちを自分で推測できる子を育てること」にある。「基本アイテム」はおぼえてもらうが、あとはそれを組み合わせて、漢字の意味を自分なりに構築することがゴールなのだ。
「字源の正しさ」にこだわるべき?
ゴールがそうであるため、本書のスタンスは「有力な字源説」に必ずしもとらわれていない。もともと字源には諸説あり、どれが正しいとは言えないというのを大前提にして、子どもにとって理解しやすい説をとるべきという立場で、時には筆者のオリジナルな解釈に近い「字源説」まである。
この点は、おそらく好き嫌いが分かれるところだろう。僕自身も、よく学校の校長先生が怪しげな字源説を唱えて道徳訓話をたれる構図(例「人という字は人と人が支えあって…」)を毛嫌いする人間なので、「おぼえやすければ正しさはどうでもいい」という姿勢には抵抗感がある。また、かつては今よりもはるかに学問を重んじる学校にいたので、その影響も僕自身には色濃い。
しかし、筆者の言うことももっともだ。僕たちは字源研究者を育てているのではない。小中学校における漢字教育の目標は、漢字に興味を持ち、読み書きができ、自分で使いこなせるようになることだ。そうであれば、子どもたちが自分で漢字のパーツを組み合わせを考えて意味づけたり、漢字相互の関係を見出したりしてくれるようになれば、それだけで万々歳である。もちろん、中には字源の説からいって的外れなものもあるだろう。しかし、字源研究者がしていることの「結果」を単に覚えるのに比べたら、色々推測して漢字の意味のネットワークをつくろうとするほうが、よほど「字源研究者的」ともいえる。
というわけで、僕が本書で一番印象に残ったのは、字源説を「参考にする」のであって、「妥当な(有力な)字源説を覚える」のではない、という本書の基本的スタンスである。子どもたちが、字源を参考にして、自分で知のネットワークをつくることを目的にしているのだ。
興味深い漢字の習得率推移
上記の点以外にも、本書には、第1章「漢字の指導改善にどう取り組むか?」や第4章「押さえておきたい! 漢字指導の基礎知識」などで、漢字指導に必要な前提知識が整理されている。人によってはすでに常識の内容もあるが、実際には文化庁の字体・字形に関する指針を知らない教員も少なくないというから、本書にこれが載っていることには大きな意味があるだろう。
かく言う僕も、国立国語研究所「児童・生徒の常用漢字の習得」(1988)という調査を初めて読んだ。興味深かったのは、どの学年も配当漢字の読みは該当年のうちに読める生徒が90パーセント以上に達するのに、書きになると、高学年では6割前後(5年:57.6パーセント、6年:60.4パーセント)に落ちるのという調査結果である。これだけなら「まあそうかな」なのだが、この6割前後の習得率が、4年後にはそれが8割前後(5年:79.3パーセント、6年:82.3パーセント)まで上がるのだ。やはり、漢字の習得は単年度ではなく、長い目で見ることも大事なのだな、と思った。
漢字指導の基本的指針として
前著の『漢字学習アイデア事典』がそのタイトルどおりに漢字学習を目的としたさまざまなアクティビティのアイデアが満載されている本だとしたら、本書『漢字4コマ指導法』は、漢字指導の基本的指針を提案している本である。基本的指針以外にも、例えば掲載漢字に「よくある書き間違い」などが合わせて載っているのも指導側としては嬉しい(わざと間違った漢字字典を作り、よくある間違いへの意識を高めることができる)。タイトルだけだと、ただのメソッドの紹介本にも思えてしまうが、実際にはそれを超えて、漢字指導の指針を考えるのに参考になる一冊である。