[読書]「学びの個別化」をチェックする有益なガイド。ダグラス・フィッシャー&ナンシー・フレイ「『学びの責任』は誰にあるのか」

吉田新一郎さん訳のシリーズを継続して読まれている方には「今さら」になりますが、2017年刊行のこの本の感想を。前に読んだときは「ライティング・ワークショップとかの枠組みの本だな」とさらっと流してしまったのですが、再読してみると、「学びの個別化」という言葉とこの本の結びつきが、前よりも強く感じられました。そう、「学びの個別化」って、生徒がバラバラに自分のことをしているわけじゃない。ここある4つの学習形態を組み合わせることで、個に応じた学びができる。そう思わされる一冊です。

いま、国際リテラシー学会に参加するためアメリカのニューオーリンズに来ています。今日のプログラムで著者のダグラス・フィッシャー&ナンシー・フレイが主宰するワークショップに参加するので、サインをもらうための予習のための再読なのでした。

目次

「責任の段階的移行モデル」の本

この本の原題はBetter Learning Through Structured Teaching(構成された教え方を通じたより良い学び)。その「Structured Teaching」にあたるのが、著者の二人が提唱する「責任の段階的移行モデル」です。このモデルは、以下の4つの授業形態を組み合わせることを通じて、学ぶことの責任が教師100%から生徒100%に移行していくもので、著者2名の独自研究というより、様々な研究をまとめた結果このモデルが良いよ、という感じ。

 

  1. 焦点を絞った指導主に、クラス全員に対して短時間の一斉指導をする段階。教師が全員に向かって目的を示したり、モデルを示したり、考え聞かせをしたり、生徒たちの様子に気づいて次に何をすべきか判断したりする。
  2. 教師がガイドする指導必要のある小グループに対する補助的な指導をする段階。教師が生徒に質問したり、ヒントを与えたり、直接指示したりして、生徒が自分でできるように足場がけをする。
  3. 協働学習生徒が学んだ知識やスキルを使って学び合う段階。生徒は他の生徒との継続的なやりとりを、授業で使うアカデミックな語彙を用いて、会話に責任を持つ形で行う。
  4. 個別学習生徒が一人で学ぶ段階。生徒はメタ認知や自己調整を繰り返して自分の学習を進め、教師はそれにフィードバックをする。

それにしてもこの原題から「『学びの責任』は誰にあるのか」と問いかける邦題を思いつくのはさすがの吉田新一郎節です。

「順番」ではなく、「組み合わせ」

誤解しないように書くと、この4つの要素は、焦点を絞った指導→教師がガイドする指導→協働学習→個別学習という順番で段階的に移行していくのではありません。例えば、授業冒頭で教師が「焦点を絞った指導」をした後、生徒たちが必要に応じて「協働学習」や「個別学習」を行い、その間に教師が、数名の生徒を相手に「教師がガイドする指導」を行うというように、4つの段階的学習は同時に起き得ます。あるいは、「協働学習」から始め、それを受けて「焦点を絞った指導」をしても良いわけです。大事なのは、これを組み合わせて授業を組み立てること。

「責任の移行」モデルと「学びの個別化」

この本を読んで改めて感じるのは、この「責任の移行」モデルは「学びの個別化」を説明するのにとても有効な枠組みだな、ということでした。

まず、「学びの個別化」は「個別学習」とイコールではありません。100%個別学習では、各自が孤立してドリルを進めているのと変わりありません。また、最初に焦点を絞った指導を行って(=全体でやることをミニレッスンして)、それから個別学習をしましょう、という流れも不十分です。勉強が苦手な子はもちろん、得意な子も、必要なタイミングで教わったり、学んだことを足場がけを得ながら試したりすることができずに、よりよく学ぶことはできないでしょう。

この本にある「焦点を絞った指導」「教師がガイドする指導」「協働学習」のいずれもが不可欠な構成要素として捉えることで、「学びの個別化」は初めて有効に機能するのではないでしょうか。

実際に、僕が毎週通っている地元公立小の片岡さんの算数の授業では、最初に先生が全員に「焦点を絞った指導」を行い、その後は希望者や片岡さんが声がけした子に対して片岡さんが「教師がガイドする指導」を行い、その傍らで子どもたちは「協働学習」「個別学習」を進めています。この4つの要素が同時に起きることで、子どもたちの学習が進んでいるわけです(そして、それでもなお課題があるのが実態です。とにかくこの4つをやれば完璧、というものでもないわけですね)。

ライティング・ワークショップやリーディング・ワークショップでも、実践者による濃淡はありますが、この4つが同時に起きています。教師が全員に対して行うミニレッスン(焦点を絞った指導)、一人一人が読んだり書いたりする時間(個別学習)を中心にして、ペア読書や読書会、相互推敲は「協働学習」に、同じニーズの子を集めて教師が行う取り出し指導(guided reading/ guided writing)が「教師がガイドする指導」にあたるわけです。

ちなみにこの本での読書会の記述、原著ではアンネの日記を全員で読んだ後にグループで別々の本を読む実践なのですが、翻訳では同僚であるKAIさんの授業が掲載されています。僕はKAIさんにこの実践の元になる「読書家ジャーナル」を読ませてもらったのですが、圧巻の授業記録でした…

「学びの個別化」をチェックするガイドとして有益

このモデルに照らしてみると、自分の「学びの個別化」をチェックすることもできそう。例えば僕の場合は「教師がガイドする指導」をほとんどできていないなあ…とか(実は前任校時代にある学年でやろうとして、うまく機能させられなかった体験がありました)。個別に一人一人カンファランスするのは大変なので、共通の課題を持つ子はp220の「間違い分析シート」などを使って、「教師がガイドする指導」につなげた方がいいですね。この指導は別に「できない子専用」ではないので、一部の生徒に発展的なことを教える場合や希望者にも教える方法として使っていきたいと思います。

上の例のように、「責任の移行」モデルは「学びの個別化」を実施し、自分の授業の状態をチェックするための良いガイドになってくれます。「学びの個別化」に関心のある方は、ぜひこの本で自分の授業をチェックされてはいかがでしょう?

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