[読書]教えることの葛藤と、それを教える複雑さ。ジョン・ロックラン『J.ロックランに学ぶ教師教育とセルフスタディ』

先週、武蔵大学で教師教育のシンポジウムがあって、それに合わせて読んだのがジョン・ロックラン『J.ロックランに学ぶ教師教育とセルフスタディ』。教師教育の研究者ロックランの1冊の書籍と11本の論文を取り上げて要約し、日本の状況に合わせた解説をつけたもので、「教えることを教えるとはどういうことか、それには何が必要か」について書かれた本だ。

「教えることを教える」「教えることを学ぶ」とは

「教える」とは面白い現象だ。例えば教科内容の知識があれば教えられるかというと全然そんなことない。内容に関する知識に加えて、教えることの理論知が必要で、その上で初めて実際の現場での実践的な知識が生まれる。単純に教科内容さえあれば教えられる(コンテンツ・ターン)わけでも、教える方法があれば教えられる(ペダゴジカル・ターン)わけでもない。

そしてこの本を読んでわかったのは、「教えることを教える」とは、この複雑な「教える」という現象を「教える」という、輪をかけて複雑な現象なのだということ。決して、「良い教育者」であれば「良い教師教育者」になれるわけではない。両者を同一視すると、「私のやったようにやりなさい」という指導法しかできなくなってしまう。

この本は、前半では「教えることを教える」「教えることを学ぶ」とはどういうことか、そして教師教育者にはどのような資質が要求されるのか、原理的な内容が書かれている。実は、第1章は僕にはちょっととっつきにくかった。何度か監訳者の解説に戻ったり、用語の意味を確認しながら進んだ(序文をよく読んでおくことをお勧めする)。

でも、後半に行けばいくほど具体的で読みやすくなっていく。教師教育実践を学術的な研究として外に開いていくためのセルフ・スタディという手法も紹介される。教師教育者のセルフ・スタディをS-STEPと呼ぶらしいが、このS-STEPを教師教育の世界で根付かせていきたい、というのが監訳者たちの願いなのだろう。

ちなみに、最後には日本での実例として、広島大学附属中高の粟谷好子先生の「附属学校教員が実習指導を分析する意味」というスライドも掲載されているのだけど、これが「教育実習あるある」すぎて…読んでて我が身を振り返っては汗をかくことだらけだった。教育実習を担当する人は必読。

教える仕事は「葛藤」だらけ

ところで、思いっきり僕自身の関心に引き寄せて書くと、現状の僕は教師教育者ではないこともあって、この本を「教師教育」という文脈にこだわらず、教える仕事について書いたものとしても読んだ。そう読めてしまう本である。

例えば、この本にはとにかく「葛藤」という言葉がたくさん出てくる。教える仕事は、さまざまな葛藤の中に身を置くことでもある。僕がちょうど今、風越学園でカリキュラムを考えながら「教えること」をめぐる葛藤の中にいることもあって、この単語はとりわけ僕に響いてきた。例えば、こんな文章。

教師は生徒の主体的な学びを支えようとするが、一方でその学びに責任を感じる。その葛藤の中心にペダゴジーがある。(p140)

児童生徒の主体的な学びを支えたい気持ちと、児童生徒の学習の質に責任を感じる気持ち。僕の場合、この葛藤で、風越学園のカリキュラム作りに苦しんでいるし、他のスタッフとも意見が割れている。生徒達にリスクを取ることを奨励し、進んで失敗から学ぶように呼びかけるのであれば、僕だって進んでリスクをとらないといけない。でも、その結果、生徒たちの力をきちんと保証できるのか? 本当にそれでいいのか? きちんと学ぶ力をつけることを考えると、ついカリキュラムは失敗したくない、普通のものになる。

そういう葛藤の中にいるので、この本で「リスクをとること」について次のように書かれているのを読んだ時は、前に進む勇気をもらえた気がした。

実践の幅を広げていくためにはリスクをとることが必要である。教師がなじみのない方法で教育実践を行うとき、何が起こるのか確信が持てない不安感を経験する。しかしそれによって新しい視点や理解も生まれる。不安感や困難さは特に教えることについて学ぶ大切な要因となる。それらを感じると人は敏感になりさまざまなことに気づくようになり「当たり前」を見直すようになる。新しいことやこれまでと違うこと、不確実な何かを行うというリスクをとることによって、教えることと学ぶことに対する理解が深まるのだ。

この後、本ではだから教師教育者がリスクをとることが大事だという文章に続くのだけど、この部分だけを取り出せば、これは現場教員に向けたメッセージでもあると思う。

「教えることを教える」複雑さに向き合う

この本、教師教育者(例えば教育実習生を持つ教員)が読んですぐに活かせる本というタイプの本ではない。その目的なら、例えば国語なら古田尚行さん(国語科教員 @coda_1984さん)の次の著作など、各教科で良いガイドがあるのではないかと思う。

でも、国立附属校の先生のように教育実習生を教える人や、大学で教員養成を勤めている人にとっては、「教えることを教える」複雑さに向き合い、自分の指導のあり方を内省することを誘ってくれる本である。

また、この本の大事なメッセージは、現場の実践知やリフレクションを物語に閉じず、個人の経験を超えた学術的研究の形にしていくこと。S-STEPがナラティブ研究やアクション・リサーチなどの他の技法と比べてどのようなメリット・デメリットがあるのかは、主として僕に研究に関する知識が乏しいせいで理解がまだ十分ではないのだけれども、研究に開いていくことの価値を訴える本書のメッセージ自体は、教師教育者に限らずどの教員にとっても大事だろう。

僕はもう研究時間や研究費のある国立大学附属教員ではないし、来年以降に予想される多忙さを考えても、研究の場に繋がりを持ちにくくはなりそう。でも、なんとかしてこの経路を持ち続けて、自分の実践を研究として外に開いていくことは続けたいし、風越に研修に来る(ということがたぶんあるはず)若い人たちをガイドする役割も、もしかしたら担うのかもしれない。そういうことを考えると、読んでおいて良い本だった。特に、教師教育者が基づくべき原理のところは、何度も読み直す機会がありそうだ。

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