[読書]作文教育の本から、コミックエッセイまで幅広く。2024年2月の読書

3月に入ったので、月初め恒例の読書記録エントリ。2024年の2月に読んだ本から、面白かったものをメモしていこう。前半は、自分の抱えている本の校正仕事に追われてあまり読書できなかったのだけど、10日くらいからペースをとりもどせた読書ライフだった。

目次

今月はやはりこれ、『自分の「声」で書く技術』

今月の読書としてまず名前を挙げるべきなのは、やはりピーター・エルボウ『自分の「声」で書く技術』だろう。書く時の自己検閲から自分を解放し、自由に書く中から書きたいことを見つけ、育て、それを、周囲の人の反応を参考にしながらもう一度練り直していく…というライティングの本である。

ただ、特筆すべきは、本書にはビリービング・ゲームとダウティング・ゲームという二つの知的生産の技術の相克、ないしは相補的関係の提案が含まれていて、その射程が通常の文章論よりもかなり遠くまで設定されていることだ。詳しくは、下記エントリを読んでほしい。

[読書]ライティングに限らない大きな指針を与えてくれる本。ピーター・エルボウ『自分の「声」で書く技術』

2024.02.25

お仕事系読書で言うと、栗林育雄『漢字4コマ指導法』も、印象を残した本だ。漢字を子供にとって有意味なものとすべく、漢字学習に字源を使うことまではさほど目新しいことではない。しかし、「学者の漢字研究の結果を覚えるのではなく、学者の漢字研究のプロセスを追体験させる」という方針が潔い。自分は、学術的な正当性にこだわってしまう面があるけど、字源の説にはもともと「定説」といえるものはなく、いろんな学者も推測を重ねているというのが筆写の立場。だとしたら、それをそのまま子どもたちがやっても良いというのも一つの見識だろう。文字学と、文字学の成果を教育に利用することの違いの鮮やかな例のように思える。

ただ本書、紹介されている漢字を組み立てるパーツをそのままダウンロードできないのは、書籍として大変痛手なのではと思うのが正直なところ。そこはちょっと惜しい。

もう1冊、今月は中島博司『R80 自分の考えをパッと80字で論理的に書けるようになるメソッド』も読んだ。これはまあ要するに「40字の一文+接続詞+40字の一文」をひとまとまりと考える文章作法である。僕もかつて、文と文の関係に敏感になるために、文ごとに必ず接続詞を使う指導をしたことはあるし、同じようなことをした国語教育関係者は少なくないだろう。だからこれをオリジナルメソッドのように喧伝するのには首をかしげもするのだけど、まあ、文章を書く練習としては基本的で良いアイディアだと思う。個人的には「作家の時間」等でこれを強調する気はないのだが、テーマプロジェクトなどの授業では活動する場面もありそうだ。

毎月恒例、安房直子コレクションは5巻目に到達

物語は、今月も安房直子を読んでいる。「安房直子コレクション」全7冊のシリーズは、5冊めまできた。その安房直子コレクション5『恋人たちの冒険』は、タイトルの印象とはちょっと違い、動物と人間との異類婚姻譚を集めた話。ほんわかとした話もあるが、そうでない作品がこの人の真骨頂だ。猟師の清十さんの娘・心優しいみゆきが、鹿に魅入られて鹿とともに天にのぼっていく「天の鹿」や、シギに魅入られた少女ふみが、光る玉ほしさにシギについていき、いったんはそこから逃げるも、やがてシギが化けた若者に惹かれて最後にはシギの妻になる「鳥にさらわれた娘」は、とてもハッピーエンドとわりきれない結末。特に後者は、ふみが光る玉ほしさや、美しい靴がほしくて禁忌をやぶってしまう場面もあり、幻想小説特有の美しさとこわさを兼ね備えた作品で、とても印象的だった。それにしても、安房直子のストーリーテリングの巧みさや、せつない心情表現、描写の美しさには、ほとほとため息が出る。あと残り2冊も大事に読んでいこう。

今月読んだ物語は、この安房直子と、宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』の2冊だけ。すでに続編も出ている評判のベストセラーである。ネット上の書評などを見る限り、主人公の成瀬の痛快なキャラクターに注目が集まることが多いようだ。たしかにそれはそうなのだが、成瀬自身はいわば「無敵キャラ」なので個人的にはさほど惹かれない(そして、無敵キャラではあるが、超人ではなく、わりとおさまるところにおさまっている)。むしろ、成瀬という太陽の光をあびて、自分も輝いたり、あるいは影をつくったりする周囲の人々の群像劇の感があり、成瀬を前に人々がとる行動や思いの違いが面白い一冊だ。

生と死をめぐるエッセイ&ルポルタージュ

物語ではないが、佐々涼子のエッセイ『夜明けを待つ』も印象的な作品だ。死やそこからの再生をテーマにしたノンフィクション・ライターである筆者の、はじめてのエッセイ集となる。やはりその種の話題が多く、『エンド・オブ・ライフ』のような重厚感こそないものの、彼女が人間の死や信仰をずっと見つめてきたことがよくわかる作品集。

個人的に興味深かったのは、佐々さん自身の両親の話やライフヒストリーの話(特に、母の難病と、それを介護して看取ったあとの父親の話)。若くしてお子さんを授かったあとは、日本語教師をはじめ色ウロな職業を転々とされており、ノンフィクション・ライターとしてデビューしたのは40代になってから。その頃の、日本語教育と外国人技能実習生の問題をとりあげた連載も興味深い。

筆者が追求する生と死をめぐるテーマの作品としては、我が子を難病で生後100日ほどでなくした男の流転を描く「会えない男」や、自己啓発セミナーに自身も参加した経験をまじえながら、あの時代の空気を書いた「オウム以外の人々」は、ぜひもっと掘り下げて一冊の本としても読んでみたかった。筆者は余命いくばくもない状態であることを巻末に書いており、もう難しいのかもしれないが、こういう形でまた作品を世に送り出してくれたことに感謝したい。

今月の「山」本は、お役立ちコミックエッセイ

最後に、今月の「山」本は、コミックエッセイの鈴木ともこ『山登りはじめました1・2』としたい。これは何の気なしに手にとったのだけど、面白くてつい読み込んでしまった。本書は、基本的にはお気軽に読めるコミックエッセイなのだが、現地のお役立ち情報も多くて、登山ガイドブック的な役割も果たしてくれるのがいい。これを読むだけで、槍ヶ岳や常念岳に行きたくなってしまう。屋久島もいいなあ、富士山も一度は登ってみるか…など、楽しく山への妄想を膨らませられる一冊。

という2月の読書。今月はやはり『自分の「声」で書く技術』の存在感が大きかったかな。でも、上記にあげた本は、それぞれ面白い本である。特に、佐々涼子さんの、おそらくは遺作になってしまうだろう『夜明けを待つ』が読めてよかった。自分は死を前にこんなふうに思えるんだろうか、と考えてしまう。

では、3月も良い出会いがありますように!

 

 

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