最近、文科省の「推し」が目立つ国際バカロレア。当初は僕には関係のない話と思っていたのだけど、たまたま最近、国際バカロレア校関係者の方の授業見学を受け入れたり、国際バカロレア認定校の図書館を訪問したりと、なんとなく身近になってきた。そこで国際バカロレアについて情報を得ようと手に取ったのがこれ。
タイトルには書いてないが、一冊まるごと国際バカロレアのDP(後期中等教育)での「国語」に相当する「文学(第一言語)」の授業を扱った本である。僕は他のバカロレア関連本をあまり読んだことがないので断言はできないのだが、国際バカロレアに興味を持った国語教師には、最初の一冊としてお勧めできる。また、そうでなくても、国際バカロレアの授業を参考に自分の授業を見直すことができるので、国語の先生は読んで損がない。逆に言うと、「文学(第一言語)」にほぼ特化しているので、包括的な情報については「さらっと」程度しか書かれていない。そういうのを求める向きにはおすすめできない、かも。
目次
まずは国際バカロレアの基本情報を
国際バカロレアが教育界隈で注目されだしたのは、国が2013年に「2018年までに国際バカロレア認定校を200校に増やす」という政策目標を掲げたから。国際バカロレア校とは何かという説明や、日本の国際バカロレアの取り組みについては、文科省のウェブサイトに詳しい。
国際バカロレアについて(文科省)
http://www.mext.go.jp/a_menu/kokusai/ib/index.htm
さまざまなバカロレア関連書籍
今は「2020年の大学入試改革」と合わせて注目度が上昇中の国際バカロレア。書店には他にも色々な「バカロレア関連本」がある。
さらに、オンラインで見られるややマニアックな?資料としては、東京学芸大学附属国際中等教育学校の紀要もある。国立のMYP(前期中等教育)&DP(後期中等教育)国際バカロレア認定校で、さまざまな教科での実践記録が見られる。
「東京学芸大学附属国際中等教育学校研究紀要」(東京学芸大学機関リポジトリ)
http://ir.u-gakugei.ac.jp/handle/2309/89505
「文学」に特化して説明している本
さて、そんなさまざまな情報源の中で、この田口雅子『国際バカロレア』の特徴は、「文学(第一言語)」に特化した説明をしていること。2007年と約10年前の情報なのがちょっと気になるが、おそらく大きなところでは変わっていないだろう。書かれているのは、
- バカロレアの理念の中での「文学」の位置付けと目標
- 「文学」のカリキュラムとブックリスト(世界文学、精読教材、ジャンル別教材、自由選択教材)
- 「文学」の試験(解説文試験、小論文試験、口述試験、課題作文、研究論文)
- 教員研修(ワークショップ)の実際
- 生徒インタビューと卒業生インタビュー
といったところで、国際バカロレアの「文学」についてとりあえず知りたいという人には、必要な情報が十分に入っている。特に全人教育を目指す国際バカロレアの理念と、その中での文学の授業の位置付けのところは読んでいて面白い。なるほどと共感するところがたくさんある。
「骨太、重厚」な国際バカロレアの「文学」
では、実際の授業や試験はどうなのだろう。読んだ印象は、「とにかく骨太で重厚な授業」ということ。まず、ブックリストで指定されている本は、どれも古典的名作ばかり(日本の文学でいうと、新しくて村上春樹である)。この中からレベルに応じて教師が教材を選び、授業で使うのだそうだ。例えば上級クラスでは「世界文学」「精読教材」「ジャンル別教材」のそれぞれについて、「物語・小説」「随筆・評論」「戯曲」の4ジャンル、「近世」「近代」「現代」の3時代から、教師が自分で教材を選ぶことになるようだ(他に、リストの指定にない教材を選べる「自由選択教材」もある)。この本によれば人気の作品は、世界文学ならカフカ「変身」、オースティン「高慢と偏見」、カミュ「異邦人」、日本文学では夏目漱石「こころ」「それから」、森鴎外「舞姫・阿部一族」、島崎藤村「破戒」などなどらしい。ブックリストに載っている評論だと、新しいところで加藤周一と山崎正和なので、よく「旧態依然」と揶揄される高校現代文の教科書も真っ青の古色蒼然ぶりである。まあ、よく言えば「評価の定まった良質の作品を読ませる」ということなのだろう。
最新の授業の手引きとリスト
この本は2007年の情報なので、最新の情報やブックリストも見てみたいなあ…と思って調べたら、それらしきものが見つかった。国際バカロレア機構のウェブサイトにある「文学」の指導の手引きと、Language & LiteratureというサイトにあるIBの「日本文学A」の著者名リストである。
「言語A文学」指導の手引き
http://www.ibo.org/globalassets/publications/dp-language-a-literature-jp.pdf
「日本文学A」著者名リスト
http://www.languageandlit.org/uploads/1/4/1/2/14120157/japanese_a_pla.pdf
こっちもいずれ熟読してみたいと思う。
コースの学習内容と直結した試験
そして、これらの学習の成果が、コースの終わりにある外部評価者によるう認定試験で問われることになる。その試験は記述や口述の形で、生徒が文学批評の用語を用いながら、どのように対象作品を批評的に読めたかを問うものであるようだ。
この本では、さまざまな形式の試験について詳しい説明があって、同業者としてはそれを読むだけでも面白い。ただ、こういう外部評価の試験があるため、授業をする側としては、授業全体が「試験対策」にならざるを得ない側面もあるのかなと思った。どうなんだろう?
生徒も教師も大変なプログラム?
国際バカロレアの授業と試験、とても本格的だしやりがいはありそうだが、そのぶん、生徒にも教師にも「大変だろうなあ」という印象がある。生徒にとっては、自分の興味とは関係なく教師に決められた「指定作品」をとにかく読んで、それについて文学の批評用語を用いて論じないといけない。課題の量もかなり多そうだ。僕の経験上、このリスト上の「名作」は、語彙も文体も、彼らの普段の読書や生活とはかなり離れている。リーディング・ワークショップのような選択の余地もない。これはきつい子にはきついし、合わない子には合わないプログラムだと思う。
教師の側に立つと、とにかく自分が「これ」と決めた教材に絞って徹底的に授業準備すれば良いので、毎年自分で教材開発をするような忙しさはない。ターゲットが決まっているぶん、楽な面もあるはずだ(ライティング指導の大変さはあるだろうけど、まあそれは僕は守備範囲なので気にならない)。
しかし、もし僕がこの授業を持ったら、自分が教材理解を深めれば深めるほど生徒とのギャップは開いていくという、教師によくあるジレンマに襲われるだろう。そして、これらの古典的名作群と生徒をどのようにつなげるかという点でも苦労するはずだ。僕の経験上、どんなに工夫しても全員に興味を持たせるのは無理である。教材の選択、授業のやり方などで、教師の力量差が出やすいんじゃないかなあと思う。さらに、繰り返しになるが、外部評価の認定試験に向けて、授業はどうしても「試験対策」の色彩を帯びざるを得ないのではないだろうか。その点で国際バカロレアの立派な理念とのギャップを感じたりはしないのかな。
日本の学習指導要領や大学受験とはどう両立するの?
もう一つ興味深いのが、一条校で国際バカロレアに取り組んでいる学校の国語の先生が、国際バカロレアの本格的な「文学」の授業と、日本の大学受験や学習指導要領をどう両立させるのだろうということだ。
例えば、国際バカロレアの授業では、古文は現代語訳と合わせて読むことになっているようだ。ということは、品詞分解をしての詳細な読解はあまりしなそうな雰囲気。また、漢文は「日本語」ではないので全く扱われない。しかし、古文の精読も漢文も、日本の大学入試では必要性が高い(漢文は微妙だけど)。
現代文分野も、国際バカロレアでは基本的に文学作品の批評が中心で長い記述が求められるのに対して、日本の大学入試では新しい評論文が出題されることが多いし、センター試験に代表される選択問題も幅を利かせている。もっと基本的なことを言えば「本を一冊まるごと読む」国際バカロレアと、「短い文章を精読する」日本の国語の授業とでは、良し悪しはともかく、色々な点で異なっているのだ。
日本の高校卒業資格を得られる一条校では、日本の大学に進学を希望する生徒も多いはず。そこでは当然、大学受験を視野に入れた学習も求められているだろう。そういう学校で、この国際バカロレアのプログラムと日本の大学受験指導をどう両立させているのだろうか。
国語教師なら読んで損のない一冊
この本を読んでいるうちに、国際バカロレアの理念や骨太な授業への興味・共感とともに、上記のようないろいろな疑問もわいてきた。これは、国際バカロレア認定校の授業を見学させてもらい、お話をうかがわせてもらいたいなと思う。こんな風に、国際バカロレアに直接関係のある人もない人も、国際バカロレアの授業を「鏡」として自分の授業について考えることができるだろう。国語教師なら読んで損のない一冊だ。
IB校の先生方にお伺いすると、低学年から体系だてられたよいプログラムですが、課題はやはり最終学年は特に受験対策になってしまうことのようです。そこがもったいないと。
やっぱりそうなんですね。試験にパスする答案の書き方的な授業になりますよね。まして、一条校だったりすると大学受験もあるし、どうするんだろう。実際のお話をうかがってみたいです。